赤い薔薇はいりません
「これはこれは、ルード・バルト大公。わたくしに何の用かしら?」
「レーディシア・ブルテリス公爵令嬢。私の求愛を受けてくれないかね?」
レーディシアはホホホと微笑んで、差し出された赤い薔薇の花束を受け取る。
かといって、求愛を受ける気は全くなかった。
ルード・バルト大公は歳は30歳。レーディシアは歳は18歳。
レーディシアはブッセル王太子殿下と婚約をしていた。
しかし、ブッセル王太子は、
「お前のような女とは婚約を継続したくない。お前は私を褒めてくれない。私はファリア・パーセル男爵令嬢と婚約する。お前とは婚約破棄だ」
と勝手な事を言って婚約破棄をしてきたものだから、国王陛下に訴えたら、婚約が解消になった。
そうしたら、いきなりバルト大公が婚約を申し込んできたのである。
レーディシアは、バルト大公が女性関係が派手で色々とあって今まで結婚していなかった事を知っていた。
だから、受ける気はなかったのだが。
それでもバルト大公は、毎日のように赤の薔薇の花束を持って押し掛けて来る。
婚約解消したはずのブッセル王太子も、国王陛下に叱られたのか、赤い薔薇の花束を持って毎日、押しかけて来る。
レーディシアの住む、王都の屋敷。ブルテリス公爵家の屋敷に。
「これはこれはバルト大公。私が復縁したいのです。レーディシアと、貴方は邪魔です」
と、客間で待たせておいたブッセル王太子が、バルト大公に突っかかっている。
バルト大公は、
「これはこれは王太子殿下。婚約解消なさったそうで。それが何故?こちらに?」
「レーディシアと復縁したいのだ。父上に怒られた。生意気な女で気に食わなかったが、私が王太子でいる為にはレーディシアが必要なのだ。可愛い可愛いファリアは愛妾にでもしておけと父上が。だから私はレーディシアと復縁する」
バルト大公は呆れたように、
「なんて身勝手な。それに比べて、私は30歳になるまで独身を貫き、理想の女性が現れるまで待っていた健気な男だ。レーディシアも私に求愛されて幸せを感じているだろう。この通り、私は美男だ」
確かにバルト大公は美男である。洒落た金髪を撫でつけ、口ひげはセクシー。数々の女性達を虜にしてきた。
それに比べてブッセル王太子は顔はイマイチ。
金髪碧眼だが、平凡な顔立ちである。
ブッセル王太子は、
「目が細くてなんのその。切れ長の目は素敵だとファリアが褒めてくれた。ちょっと低いこの鼻も可愛らしいとファリアが」
バルト大公はフンと鼻で笑って、
「男は顔だ。顔。結局は潰れたような顔をしているではないか。国王陛下は美男なのに。王妃様に似たんだな。そうだな」
「母上を悪く言うな。母上はそれはもう、女神様のようなふくよかな顔をしている。まるで慈母のようだと国民からも人気があるんだ。その母上に似た私の顔は、癒される福々しい顔立ちだろう」
「まぁ、丸いというかなんというか……それに比べて私はなんと美しい」
鏡を取り出し、バルト大公は髭を撫でつけて、
「この美しさにレーディシアはほれぼれして私の求愛を受けるだろう」
「はぁ?30歳なんてオッサンだろ?私はレーディシアと同い年の18歳。ぴちぴちの若者だ」
「腹も腕もぴちぴちというか、ぷよぷよだがな。それに比べて私の腹は鍛えているぞ」
割れている腹筋を見せつけるバルト大公。
ブッセル王太子は見惚れて、
「なんて素晴らしい。見事な腹筋っ」
「女どもは私の腹を撫でて、頬を染めておるわ」
「くっ。それに比べて、いやいや、ファリアは私のお腹の肉も可愛いと褒めてくれるぞ」
「お腹の肉……少しは鍛えた方が……」
レーディシアは二人の会話をうっかりドアの外で聞いてしまった。
何か入りにくいわ。それに会話が面白くて入りそびれているんですけど?
ブッセル王太子殿下との再婚約なんて絶対に嫌。
あの人、何かあるたびに、ファリアが褒めてくれるって言うんですもの。
ファリアと結婚しろよっ。って拳を握り締めていつも思っていましたのよ。
バルト大公は遊びすぎ。隠し子がどこかにいるんじゃないかと。
あの人と結婚したら、安心して過ごせないわ。
使用人に向かって、
「お二人に帰って頂いて。わたくしは外出していると言って頂戴」
捕まると面倒なので、さっさと出かける事にした。
「これはレーディシア。ブッセル王太子殿下との婚約が解消されたんだって?」
「まぁ、お久しぶりですわ。留学からお帰りに?」
幼馴染のリュード・ジリテ公爵令息に王宮に設置されている図書館で声をかけられた。
彼は隣国に留学していたはずだ。
リュードは、レーディシアに
「君がフリーになったのなら、私と婚約して欲しい。君がブッセル王太子殿下と結婚するのが辛くて隣国へ逃げたんだ。婚約が解消されたと聞いて戻って来た。この機会を逃したくない」
レーディシアは頷きそうになった。
彼は初恋の人だ。
美しい赤の薔薇の花を一本差し出して、
「これを君に……」
と言ってプレゼントされたのは遠い日の思い出。
金髪碧眼のリュードの顔は整っていて、レーディシアは懐かしくて愛しくて。
すぐに頷きたい。
わたくしだって嫌なブッセル王太子殿下との婚約が辛かったの。
貴方と婚約出来たらどれ程、幸せだったか。
でも、留学先でリュードが何をしてきたのか。今はどういう人物なのか。
まるで解らない。
だから、
「リュード様。わたくしと婚約をしたいのなら、正式に申し込みに来て下さいませ。その時にお返事致しますわ」
リュードは顔を輝かせて、
「正式に申し込みに行くよ。その時は婚約の申し込みを受けて貰いたい」
そう熱烈に言われて、微笑んでくるリュード。
胸がどきんとした。
あんな連中とは違う素敵な幼馴染に。
彼に求婚された事を幸せに感じた。
父、ブルテリス公爵がリュード・ジリテ公爵令息の事を調べてくれた。
「留学中に二人の娘と身体の関係を持って捨てている。金で解決したようだな。他にも色々な女性と遊んでいたようだ」
「お父様っ。それは本当ですの?」
「ああ、本当だ」
心から悲しく思った。
遠い日の思い出が崩れていく。
そんな酷い人だったなんて。
後日、婚約の申し込みをしたいと、ジリテ公爵家から申し出があったが、面会するまでもなく、お断りの手紙を送った。
リュードに二度と会いたくない。
そう思えた。
そう思えたのだが……
気晴らしに王宮の夜会に出かけた。
レーディシアが知り合いの令嬢達とおしゃべりを楽しんでいると、よりにもよって三人揃って目の前に現れた。
まずはブッセル王太子が真っ赤な薔薇の花束を持って、
「レーディシア。私と再び婚約を。ファリアは愛妾でもいいと言っている。どうかお願いだ」
バルト大公も真っ赤な薔薇の花束を持って、
「私は美しいだろう。今まで美しすぎたせいで、色々な女性にモテた。これからは君一筋で生きていく。だから結婚しておくれ」
リュードが真っ赤な薔薇の花を一輪差し出して、
「婚約を申し込もうと思ったのに、私は悲しかった。私の何が悪かったんだ?もし、留学先での事が原因なら、寂しかったんだ。君がブッセル王太子殿下と婚約していてもうすぐ結婚すると聞いていたから。だからつい……私が本当に好きなのは君だけだ。レーディシア。どうか、婚約して欲しい」
レーディシアは、
「まずはブッセル王太子殿下。わたくしを婚約破棄しましたわね?婚約解消になりましたが。貴方、ファリアが好きなんでしょう。そんな方と再婚約するなんてあり得ません」
そして次にバルト大公。
「結婚後も貴方、浮気をするでしょう?自分は美しすぎるからって言って。そんな安心できない人と婚約したくありません」
リュードに対しては、
「貴方が遊んで捨てた令嬢達が悲しんでいるわ。ですから、わたくしは貴方と婚約致しません」
そこへ現れたのが、隣国から来たジェラール皇太子だ。
「それなら私と結婚して欲しい。未来の皇妃として我が帝国に来て欲しい」
いきなり現れたジェラール皇太子に皆、驚いた。
「怪しすぎるだろう。隣国の帝国がいきなり婚約を申し込むなんて」
「行くな。行ったら危険だ。不幸にしかならないぞ」
「そうだそうだ。やめた方がいい」
ジェラール皇太子は、指をパチンと鳴らしたら、そこに現れたのは、
変…辺境騎士団
「屑の美男を連れて行っていいんだな?」
「そこの丸い王太子以外は連れていくことにしよう」
「豚はいらないな。触手が拒否する」
「三日三晩も萎える」
バルト大公とリュードをさらって行った。
ブッセル王太子だけが残された。
ジェラール皇太子は、レーディシアに向かって、
「まぁ、私は本気だ。我が帝国の文化はこちらの王国に近い物がある。有能な女性を私は妻にしたいと思っていた。一度、我が帝国に来て欲しい。そして我が帝国を見て欲しい」
レーディシアは、
「今まで婚約をしてこなかったのはどうしてですの?」
「ああ、それは……っ。私が決断力が無くて、目ぼしい令嬢達が皆、別の男の婚約者になってしまったからだ」
だ、大丈夫かしらこの人。それにこの話、危なすぎるわ。
「帝国に滞在したいと思っております。そこで帝国がどんな所が見たいですわ」
「解った。是非とも帝国へ。帝国を見てから、返事を貰いたい」
帝国に留学することにした。
帝国でのジェラール皇太子は人気がある。
帝国民の為に、親身になって働いてくれる皇太子だと。
レーディシアを自ら色々と案内してくれた。
皇宮で働く人たちは、皆、ジェラール皇太子に敬意を払っていて、ジェラール皇太子も皆を気遣い、好かれている。
本当に素晴らしい国だと思えた。
王国と違って進んでいて。
ただ、自分はこの帝国の皇妃にはなれないと思った。
後ろ盾がないのだ。
そんな自分を何故?ジェラール皇太子は婚約したいと誘ったのだろう。
聞いてみた。
ジェラール皇太子は、
「すまなかった。君に帝国を見てもらいたかったんだ。私がいずれ治めるこの帝国を。幼い頃に君に一目惚れをした。君の国に行った時に王宮で迷子になって、その時に君に助けられて案内して貰ったんだ。その時の令嬢が忘れられなくて」
「わたくしが忘れられなくて、今まで婚約を?」
「結べなかった。ああ、君と結婚したい気持ちは本物だ。本当は君に皇妃になって欲しかった。だが父上や重臣たちが反対した。父上の命令で宰相の娘と婚約を結ぶ事になった。私はこの帝国を導かなくてはならない。君に私の国を見て貰えて良かった。引き留めて悪かったね。王国へ帰るがいい。本当に申し訳ない」
「いえ、ジェラール皇太子殿下。帝国を見せて下さって有難うございます。わたくしにとって有意義な日々でしたわ。どうか、よい国を作って下さいませ。わたくしは王国に帰ります」
悲しかった。
だが、有意義な日々を過ごせた。
帝国を見られた事は後悔はない。
帰ろうとしたら、女性二人に声をかけられた。
「貴方がリュード様の初恋の人?」
「あの人は捨てる時に、レーディシアにお前達は敵わないって言って私達は捨てられたのよ」
ナイフを振りかざして、レーディシアに向かって一人の女性が、
「殺してやるわ」
帝国でつけられた護衛がそのナイフを弾いてくれた。
「大丈夫ですか?この女達は拘束いたします」
「お怪我が無くて良かった」
リュードは恨まれていたなんて。
本当に色々とあって疲れたわ。
王国に戻ってゆっくりと休むことにした。
帰国して一月程過ぎた。
色々とあって領地に滞在していたのだ。
久しぶりに王都にあるブルテリス公爵家の屋敷に戻って来た。
戻って来てすぐに、バルト大公とブッセル王太子殿下が、屋敷に訪ねて来た。
赤の薔薇の花束を持って、
バルト大公が、
「変…辺境騎士団に追い返された。私はさらわれた当日に誕生日で31歳になったんだ。あそこの規約では16歳から30歳までしか受け付けないんだと。助かったがな」
ブッセル王太子は、
「私をさらっていかないなんて。こんな可愛らしい顔をしているのに。ファリアは褒めてくれる。今日も丸々していてなんて可愛らしいんだと」
バルト大公が、
「まだファリアと別れていなかったのか?」
「父上がまずはレーディシアと復縁しろと、ファリアは愛妾でいいだろうと。私はファリアと別れたくない」
「屑だな。それに比べて私はこれからはレーディシア一筋だ。世の女性達が泣くだろうな。こんな美しい私と結婚出来ないなんて」
「毒牙にかかる女性が無くなるっていいことだと思うぞ」
「毒牙ではない。私は女性達に愛を教えてきたにすぎん」
「そして毒牙にかかったと」
「ファリアの趣味も解らんな。こんな丸々した王太子殿下のどこがいい?」
「ファリアはデブ専とか言っていたぞ。丸くないと萌えないとか」
「そうか?そんなもんか?」
レーディシアはドアの外でそのやりとりを聞いていた。
今日もまた、面白いやりとりをしているわね。
でも、いい加減、わたくしの所へ来るのは止めて欲しいわ。
一人の男性を伴って、レーディシアは客間に入って行き、
「困りますわ。わたくし婚約者が出来たというのに、二人揃ってこられては」
「「ええええっ???」」
二人は明らかに驚いたように、
「誰だ?その男は?」
「レーディシアと婚約だなんてっ」
「初めまして。私はアルド・キャスルと申します。キャスル伯爵家の次男です」
「わたくしの弟が婿に行くことになりましたの。ですから、わたくし、この家を継ぐことになりましたのよ。父がアルドを紹介してくれて。彼はわたくしより二つ年下ですけれども、わたくしをとても大切にしてくれますし、浮気も致しませんし、安心して過ごせる愛しい婚約者ですわ」
アルドは二人に向かって、
「私は浮気は致しません。ブルテリス公爵家に婿に入るのです。レーディシア様を大切にし、公爵家の為に尽くす所存です」
アルドは大人しい人。
黒髪碧眼で整った顔をしているけれども、どっちかというと無口で。
でも、一生懸命、父について我がブルテリス公爵家の事を勉強して。
わたくしは初めて安心できる人と、婚約が結べたわ。
明らかにバルト大公と、ブッセル王太子はがっくりした顔をして、
バルト大公はレーディシアに赤の薔薇の花束を押し付けて、
「これは花瓶にでも飾って下され。改めておめでとう。レーディシアが幸せになるのならここは潔く身を引こう」
ブッセル王太子は泣きながら、
「レーディシアと婚約出来ないと、父上が王太子の位から降ろすってっ。でも仕方ない。おめでとう」
レーディシアは、
「愛しのファリアとお幸せに。お二人ともお祝いの言葉を有難うございます」
アルドの手を握り締めて、見つめ合う。
心から幸せを感じた。
アルドを初めて紹介された時、大人しそうな人だなと。
父であるブルテリス公爵は、
「跡継ぎだったファルトが婿に行きたいと言っているから、こちらに婿を取らないとならなくなったとは、探して来たキャスル伯爵家の令息のアルドだ。お前より二つ年下になる。
「アルドです」
王立学園でも学年が違うから知らない令息だわ。
今まで赤い薔薇を持って来た濃い人達と比べて、なんておとなしそうな人。
そんな印象のアルド。
アルドは、頭を下げて、
「頑張って、お役に立てるように精進致します。よろしくお願いします」
誠意を感じた。
アルドはしばらくブルテリス公爵家の領地の屋敷に滞在するので、屋敷の中を案内してあげた。
「広いでしょう。解らない事があったら、使用人に聞いて頂戴」
「有難うございます。あの……ファルト殿がいつも自慢しておりました。貴方の事を」
「まぁ弟が?」
「はい。私も遠目で見て、あまりにもお美しくて、所作が綺麗で。さすが公爵家の令嬢だなぁと。そんな貴方が私の婚約者だなんて夢のようです」
真っ赤になりながら、アルドは、
「精進します。まだまだ私は16歳。これからだと思います。このブルテリス公爵家の婿にふさわしくなるように。頑張ります」
「有難う。期待しているわ」
アルドはとても誠実で優しくて。
父について仕事を覚えるアルド。
共に食事をしたり、親しくテラスで話をしたり、なんだか安堵出来て、幸せで。
この人となら、一緒に生きていける。
そう思えたの。
赤い薔薇なんていらない。
アルドがある日、くれたのが、小さな銀の首飾り。
「この首飾りは、私の亡くなった母が着けていた首飾りです。どうか貴方に持っていてもらいたい。私の宝物ですから」
嬉しかった。大切な物をアルドから貰えてとても嬉しかった。
幸せを感じた。
二人が訪ねて来た後も、
アルドと幸せな日々を過ごしていて、噂に聞こえてきたのは、
ブッセル王太子は王太子の位を下ろされて、王家の領地を貰い、細々と暮らしているらしい。ファリアは新しく太った理想を見つけたようで、ファリアに捨てられたと泣いているとの事。
バルト大公は、相変わらず、女性達と遊んで社交界に浮名を流し続けている。
本人にとっても、結婚しない方が幸せではないかと。
リュードは、変…辺境騎士団へ行って今頃は正義の教育を受けている事だろう。
一番、気の毒というか……
ジェラール皇太子は宰相の娘と結婚して、幸せにやっているそうだ。
過去に関わった男達は今はどうでもいい。
赤い薔薇の花なんてもういらないわ。
今は愛しいアルドとの日々が宝物。
愛しいアルドとの幸せを満喫するレーディシアであった。




