第97話:幼き主、あるいは時間の拭き残し
黄金の保管庫の扉が、銀色の心臓を鍵として受け入れ、重々しく開かれた。 その中心に立っていたのは、かつて世界の終焉で出会った尊大な経営者ではなかった。
そこにいたのは、私たちよりも数歳は幼い、無垢な顔立ちをした一人の少年だ。 しかし、その瞳に宿る冷徹な資本の光は、間違いなくあのオーナーそのものだった。彼は、まだ何の色にも染まっていない純白のスーツを纏い、私たちを排除すべき不良資産として見据えていた。
「不法侵入者だね。僕のポートフォリオに、君たちのような不純物が紛れ込む予定はなかったんだけど」
少年の指先が空をなぞると、まだ契約さえ交わされていない未来の残骸が、鋭利な光の礫となって私たちを襲う。
「オーナー……? でも、以前会った時よりもずっと幼い。これはどういうことなの?」
私は自らの影を展開し、少年の放つ未完成の因果を飲み込みながら問いかける。
「以前? 妙なことを言うね。僕が君たちに会うのはこれが最初で最後だ。この学園という揺り籠の中で、君たちは僕の初期投資の一部として消えてもらうよ」
少年の攻撃は苛烈だったが、それは純粋な光の出力によるものだ。彼自身に、時間を操るような複雑な兆候は見られない。
黄金の戦慄:アレクセイの気づき
少年の放つ光の礫を黄金のモップで弾き飛ばしながら、アレクセイが唐突に動きを止めた。 彼の背後に浮かぶ黄金の観音像が、かつてないほど激しく明滅し、周囲の空間を凄まじい精度でスキャンし始める。
「エリザベート様、違和感があります。この少年の力ではありません。もっと別の、不気味な汚れがこの空間の裏側にこびりついています」
「どういうこと、アレクセイ?」
「この少年が幼いのは、彼自身の能力ではない。過去と未来が、いつの間にか強引に溶接されているんです。……汚れを磨き続けてきた僕の指先が、時間の繋ぎ目にある不自然なバリを感じ取っています。この学園には、田中さんとは全く別のベクトルで、恐ろしいほど緻密に時間関係を操っている存在が……一人だけ隠れています!!」
アレクセイの瞳が、黄金の熱量を帯びて開かれる。 エリザベートにも、そして目の前で攻撃を繰り出す幼いオーナーにさえも気づかぬ場所で、アレクセイだけがその異質な存在の気配を察知していた。
それは、時間の塵を掃く田中老人とは対極にある存在。 時間を自在に裁断し、自分たちの都合の良い形に縫い合わせる、いわば時間の裁縫師。その存在が、この学園の因果を歪め、ありえない再会を演出している。
深淵の浸食:因果の踏み倒し
アレクセイの戦慄を背中で感じながら、私は少年のオーナーが放つ光を、自らの深淵で強引に踏み倒していく。
見て。 私の影が、少年の足元に広がる未確定の未来を漆黒の闇で塗り潰し、彼の支配権を物理的に剥奪していく。 これは、今を生きるための闇ではない。 何者かが仕組んだ時間の繋ぎ目ごと、私の絶望で腐食させ、この理不尽なループを断ち切るための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は時空の歪みを吸い込んで漆黒のオーラを放ち、瞳には、目の前の幼いオーナーさえも盤上の駒として利用している黒幕への、静かな怒りが宿っていた。
「いいわ。何者が時間を縫い合わせているのか知らないけれど、その糸ごと、私が私の闇で腐らせてあげる」
生存者の視点
私は、ゼロの鼓動を胸に、時間の歪みが渦巻く保管庫の中心で、少年のオーナーを見据える。
生存者バイアス 私が今、こうして過去と未来の狭間で正気を保っていられるのは、たまたま私が、どんなに縫い直された世界であっても、そのシミを愛せると知ってしまったからだ。
「アレクセイ。その隠れている時間の裁縫師とやらを、あなたの光で引きずり出しなさい。……学園の地下掃除は、まだここからが本番よ」




