第94話:偽りの静寂、あるいは拭き残された季節
放課後の旧校舎。埃の舞う理科準備室で、私たちは「学園生活」という名の仮面を脱ぎ捨てていた。
「エリザベート様、見てください! この試験管の曇り、一族の腐敗した歴史が凝縮されているような、見事な曇り具合です!」
アレクセイが、黄金のオーラを手のひらに集中させ、一本のガラス管を愛おしそうに見つめている。
「アレクセイ、声が大きいわ。それに、それはただの『汚れ』よ。歴史を語るなら、せめてその底に沈殿している重金属の沈殿物を磨き上げてからにしなさい」
「おっしゃる通りです! この沈殿物こそが、学園が隠蔽しようとした不都合な真実……。僕の黄金の雑巾で、鏡のように磨き直して差し上げましょう!!」
深淵の受容:汚れなき日常への冒涜
私は、アレクセイが放つ狂信的な光を、自らの影で優しく包み込む。
見て。 私の影が、古びた棚の裏側へと這い入り、数十年分の「忘れ去られた記憶」を黒い触手で回収していく。 これは、過去を清算するための闇ではない。 この潔癖な学園が切り捨てた「不要なノイズ」を、私の胎内で愛おしい毒へと変質させるための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は暗闇の中で冷たく輝き、瞳には学園の理不尽な校則によって「不純」とされた生徒たちの溜息が、漆黒の星座となって浮かんでいた。
「……ねえ、アレクセイ。私たちはいつまで、この『清潔な檻』の中で優等生を演じればいいのかしら」
「「「 それは、お前たちが『ゴミ』の本質を見極めるまでだ 」」」
不意に、天井の換気扇から半透明の田中老人が、煙のように染み出してきた。
半透明の喝破:始祖の掃除論
「田中さん。幽霊なら幽霊らしく、壁のシミにでもなっていればいいのに」
私が冷たく言い放つと、老人は実体のない竹箒で私の頭を軽く叩く動作をした。
「……相変わらず口の悪いお嬢さんだ。いいか、この学園の廊下を歩く生徒たちは、誰もが自分を『綺麗な存在』だと思い込んでいる。だが、その足元にある影を掃除しようとする奴は一人もおらん。……お前たちの仕事は、その影の中に潜む『最初の粗大ゴミ』を見つけ出すことだ」
「最初の粗大ゴミ……。それが、地下に眠るという廃棄遺産のことですか?」
アレクセイがモップを構え、真剣な表情で問い返す。
「……そうだ。それは、ローゼンバーグ家がかつて神になろうとして失敗した際、捨てきれずに隠した『自分たちの醜さ』だ。……さあ、掃除を続けろ。拭き残したままの過去は、いつか世界を腐らせるぞ」
老人はそう言い残すと、再び換気扇の奥へと消えていった。
生存者バイアス 私が今、こうして半透明の老人に説教を垂れられているのは、たまたま私が、この世界の「拭き残し」を無視できないほど、美しい潔癖症になってしまったからだ。




