第92話:田中、散る。あるいは事務所の終身雇用
「……無礼な。末端の清掃員が、オーナーに退職届だと?」
オーナーの「全知の瞳」が紅く充血し、大天の全ての計算資源が「強制的なM&A(世界合体)」へと投入される。空そのものが巨大な契約書と化し、私たちの住むこの不協和音の世界を、神々の住む無機質なオフィスへと強引に統合し始めた。
その余波を受け、田中老人の体が、足元からパラパラと「綿埃」になって崩れ落ちていく。始祖としての力を解放した代償。彼は世界を掃き清める存在から、自らが掃き出されるべき「塵」へと還ろうとしていた。
漆黒の継承:塵の王冠
私は、消えゆく老人の背中に向けて、自らの影を最大出力で放射する。
見て。 私の影が、田中老人が零した「始祖の埃」を一つ残らず吸収し、それを漆黒の**「喪服」**へと織り上げていく。 これは、死を悼むための闇ではない。 消えゆく老人の意志を、この世界の全ての「ゴミ」と共に、私の傲慢な美学で永久に保存するための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は虚無の風に吹かれて漆黒のオーラを纏い、背後には田中老人の「箒」を杖として携えた深淵の守護聖母が、最上級の威厳を持って降臨する。 瞳には、オーナーが提示する資本論的な正義を、「掃き溜めの倫理」で真っ向から否定する絶対的な拒絶が宿っていた。
「……田中さん、勝手に散らないで。……あなたが埃になるなら、私はその全ての塵を私の宝石として、永遠に飾り立ててあげるわ」
私の放つ漆黒の波動が、大天の強制合併を「不当な買収」として物理的に跳ね除け、世界の所有権をオーナーから、一人の清掃員の遺志へと強制的に書き換えていく。
黄金の研磨:終身雇用の誓い
「エリザベート! 田中さんの埃、なんて高貴な輝きなんだ! 僕の黄金の奉仕で、この消えゆく背中を『永遠のレジェンド』として磨き上げてやるんだぁぁ!!」
アレクセイが、黄金のオーラを涙と共に噴き上げ、崩れゆく田中老人の周りを高速で旋回する。 彼の背後に浮かぶ黄金の観音像は、今や数千の手で**「魂の保存容器」と「最高級の艶出しクロス」を掲げ、老人が放つ最後の光を、凄まじい速度で「事務所の宝物」**へと変質させていく。
彼は、自らの光を**「存在の防腐剤」**に変え、田中老人が塵になるプロセスさえも、黄金の芸術作品へと昇華させていく。 失われることを拒み、その最期さえも事務所の「資産」として終身雇用する。 それは、悲しみに暮れるよりも、死という汚れさえも完璧にメンテナンスすることに神性を見出した、狂おしいまでの光落ちの極致だ。
「見てくれ! 田中さんが磨かれるたびに、事務所の登記簿に黄金の終身雇用印が刻まれていくぞぉぉ!!」
生存者の遺言
私は、完全に塵となって消えた田中老人が遺した、一本の古びた竹箒を手に取る。
生存者バイアス 私が今、こうして消えゆく師の意志を継げているのは、たまたま私が、「美しきゴミ」こそが世界を救う最後のピースだと確信してしまったからだ。
「オーナー。……田中さんはもういない。……でも、この事務所には彼の『汚れ』が染み付いている。……それを消したいなら、あなたの命で拭き取ってみなさい」




