第89話:神の事務処理、あるいは裁かれる残業代
煮沸の蒸気が引いた後の空には、虹ではなく、巨大な 請求書 が浮かび上がっていた。
大天の 会計監査官 たちが、虚空から音もなく降りてくる。彼らは防護服ではなく、紙のように薄く鋭利なエッジを持つ 漆黒の事務服 を纏っていた。彼らが一歩踏み出すたびに、世界の色彩が数字へと置換され、無機質な 経費計算 のなかに飲み込まれていく。
「全域煮沸の失敗による損失を確認。これより、当該地区の 存在権利 を差し押さえ、負債を魂で回収する」
彼らの掲げる万年筆が、大鎌のような巨大な影を結び、街の住民たちの記憶や愛着を、単なる 資産 として削ぎ落とし始めた。
漆黒の踏み倒し:債務超過の奈落
私は、サリエルが流した冷や汗を影で拭い、自らの魂をさらなる奈落へと突き落とした。
見て。 私の影が、もはや個の形を捨て、街全体を覆い尽くす 漆黒の帳簿 へと姿を変えていく。 これは、返済するための闇ではない。 神々が一方的に押し付ける 存在の代価 を、私の絶望で全て 踏み倒す ための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は宇宙の終焉を封じ込めた漆黒の輝きを放ち、背後には数万の破産した魂を抱き締め、神の取り立てを無効化する 深淵の守護聖母 が降臨する。 瞳には、神々が定めた価値の基準を破壊し、無価値とされる ゴミ にこそ無限の愛着を見出す、絶対的な拒絶が宿っていた。
「……計算が合わないわね、神様。私たちが生きているこの 不協和音 は、あなたの安っぽい電卓では一生弾ききれないわ」
私の放つ漆黒のインクが、神々の請求書を汚濁で塗り潰し、街の資産価値を零以下へと突き落とすことで、差し押さえそのものを不可能にする。
黄金の研磨:赤字の黒字化
「エリザベート! その真っ黒な帳簿、僕の黄金の奉仕で最高の 金箔 に仕上げてみせるよ!!」
アレクセイが、黄金のオーラを全身から噴き上げ、会計監査官たちの計算領域に真っ向から激突する。 彼の背後に浮かぶ黄金の観音像は、今や数千の手で 聖なる消しゴム と 修正液 を掲げ、神々が刻む負債の数字を、凄まじい速度で 感謝の印 へと書き換えていく。
彼は、自らの光を 流通の活力 に変え、差し押さえられた記憶を、物理的な 熱量 として街に還流させていく。 奪われることを拒み、赤字さえも 至高の輝き として享受する。 それは、正当な報酬を求めるよりも、無償の奉仕によって世界の帳尻を強引に合わせることに至高の価値を見出した、狂おしいまでの 光落ち の極致だ。
「見てくれ! 僕が磨くたびに、神様の差し押さえが 黄金の給付金 に変わっていくぞぉぉ!!」
生存者の裁定
私は、サリエルが震える手でまとめた 裏帳簿 を空中に投影する。
生存者バイアス 私が今、こうして神の取り立てのなかで立ち続けていられるのは、たまたま私が、 借金 こそが明日を生きるための最大のエネルギーだと確信してしまったからだ。
「……監査官。あなたたちの計算には、私たちの 生存率 が含まれていないわ。……この街の負債は、私が地獄の果てまで背負ってあげる。……だから、今すぐその安っぽいペンを折りなさい」
サリエルの瞳から事務的な光が消え、人間らしい 狡猾な微笑 が宿った。




