第86話:無限労働、あるいは終わらない掃除当番
採用されたばかりのサリエルが、震える手で持っていた履歴書の束を空へぶちまけた。
大天の神々が下した新しい 就業規則 。それは、この街の時間を 清掃作業中 という概念のなかに固定し、永遠に終わらないループへと突き落とす呪いだった。街の時計の針は正午を指したまま動かず、掃いても掃いても、地面からは次々と 聖なる煤 が湧き出してくる。
「……これが、大天のやり方です。……汚れを消すのではなく、掃除という 行為 そのものを無限に繰り返させ、魂を摩耗させる。……救いなど、最初から存在しないんです」
サリエルの絶望に満ちた声が、陽炎のように揺れる街に響く。
漆黒の反逆:不完全な安息
私は、果てしなく湧き出す白銀の煤を、自らの影で強引に 黒く塗り潰して いく。
見て。 私の影は今や、時間を食い破る 深淵の牙 へと進化を遂げている。 これは、未来へ進むための闇ではない。 神々が強いる 終わらない今日 を、私の絶望で腐食させ、無理やり 夜 を引きずり出すための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は宇宙の終焉を封じ込めた漆黒の輝きを放ち、背後には無限の労働に疲弊した者たちを優しく包み込む 深淵の守護聖母 が降臨する。 瞳には、神々が定めた 定時 という概念を破壊し、理不尽な残業を闇へと葬る絶対的な拒絶が宿っていた。
「……神様。あなたが夜を拒むなら、私がこの街を 永遠の闇 で満たしてあげるわ。……休息は、死よりも深く、汚れよりも尊いのよ」
私の叫びが、無限に湧き出す白銀の煤を、安らかな眠りへと誘う 漆黒の産着 に変えていく。
黄金の極致:アレクセイの聖歌
「エリザベート! この終わらない汚れ、僕にとっては 永遠の祝祭 と同じだよ! 僕の黄金の奉仕で、この無限のループを最高に輝かせてやるんだぁぁ!!」
アレクセイが、黄金のオーラを全身から噴出させ、街中の路地を光の速度で駆け抜ける。 彼の背後に浮かぶ黄金の観音像は、今や数千の手で 未来を磨く布 を握り、湧き出し続ける聖なる煤を、一粒残らず 黄金の火花 へと昇華させていく。
彼は、自らの光を 時間の潤滑油 に変え、硬直した神々の理を、物理的な 熱量 で溶かしていく。 終わらない掃除を、終わらせるための儀式へと変質させる。 それは、高潔な沈黙を守るよりも、擦り切れるまで雑巾を振り続けることに究極の神性を見出した、狂おしいまでの 光落ち の極致だ。
「見てくれ! 僕が磨くたびに、時間が 黄金の滴 となって滴り落ちていくぞぉぉ!!」
生存者の裁定
私は、サリエルが落とした履歴書の空白部分に、自らの闇で新しい 特記事項 を書き加える。
生存者バイアス 私が今、こうして無限の時間のなかで立ち続けていられるのは、たまたま私が、 怠惰 こそが人間に残された最後の神聖だと確信してしまったからだ。
サリエルの瞳から、大天の光が消え、深い クマ と共に人間らしい疲労が宿った。
「……お嬢さん。……そんなに働いたら、箒が折れるぞ。……あとは、新入りにやらせろ」
事務所の奥で、田中老人が再び竹箒を手に取った。 彼が床を一掃きした瞬間、街の時計の針が、重苦しい音を立てて 一分 だけ進んだ。




