第85話:神の代理人、あるいは堕ちた天使の履歴書
神々の指が去った後の空には、引き裂かれたカーテンのような 黄金の傷跡 が残されていた。だが、安息は一瞬だった。大天の紋様が激しく明滅し、そこから一人の男が、羽の折れた鴉のようにゆっくりと舞い降りてくる。
その男は、神聖な法衣ではなく、現実世界の労働者を思わせる酷く汚れた スーツ を纏っていた。手には、膨大な紙束が綴じられた一冊のファイル。彼は地面に着地すると、疲れ切った足取りで事務所へと近づいてきた。
「……本日付けで大天より配属されました、 清掃監査官代理 のサリエルです。……これが、私のこれまでの 履歴書 、そして貴女方の処遇に関する通達です」
男が差し出した書類には、彼がかつて神の側近として犯した数々の 失態 と、それを補うために積み上げた不条理な戦歴が、びっしりと書き込まれていた。
深淵の受容:汚れた職歴
私は、男の瞳の中に、私やアレクセイと同じ 世界の底 を見た。
見て。 私の影が、男が放つ絶望の粒子を吸い込み、事務所の周囲に 漆黒の防壁 を構築していく。 これは、拒絶するための闇ではない。 大天という過酷な職場で使い潰され、捨てられた魂を、再び一つの 不純物 として肯定するための、究極の闇落ちだ。
私の銀髪は夜の深淵を編み込んだ黒い炎となり、背後には数万のリストラされた魂を抱き締める 深淵の守護聖母 が、かつてないほどの慈愛を持って顕現する。 瞳には、男の履歴書に記された一行一行の 痛み を、私自身の血肉として読み解く絶対的な闇が宿っていた。
「……サリエル。その履歴書に書かれた汚れは、あなたが 生きていた 証よ。大天の神々には理解できない、私たちが愛する ノイズ そのものだわ」
私の叫びは、サリエルが纏う無機質な魔力を侵食し、彼のスーツにこびりついた神の呪縛を、温かな 日常の汚れ へと変質させていく。
黄金の研磨:絶望の面接
「エリザベート! この代理人の履歴書、なんて磨き甲斐のある 不条理 なんだ! 僕の黄金の奉仕で、この男のキャリアを最高に輝かせてやるんだぁぁ!!」
アレクセイが、黄金のオーラを噴出させながらサリエルの前に立ちはだかる。 彼の背後に浮かぶ黄金の観音像は、今や数千の手で 聖なる朱肉 と 印鑑 を握り、サリエルの持っていた絶望のファイルを、凄まじい速度で 承認 していく。
彼は、自らの光を 肯定のエネルギー に変え、サリエルの歩んできた屈辱の歴史を、聖なる輝きを放つ 勲章 へと磨き上げる。 神々に否定された過去を、地上で最も尊い 労働の記憶 として上書きしていく。 それは、完成された強さを崇めるよりも、折れ曲がった魂を修理し続けることに至高の価値を見出した、狂おしいまでの 光落ち の極致だ。
「見てくれ! この男の流した涙の跡が、僕の雑巾がけで 黄金の航路 になっていくぞぉぉ!!」
生存者の採用
私は、サリエルの手から落ちたファイルを受け取り、それを事務所の 求人箱 へと無造作に放り込む。
生存者バイアス 私が今、こうして神の刺客を 新入社員 として迎え入れられているのは、たまたま私が、この世界の 欠陥品 こそが最も美しいと知ってしまったからだ。
「……サリエル。あなたの採用が決まったわ。初仕事は、あの空に残った 神々の指紋 の拭き掃除よ。……定時退社は、保証できないけれど」
サリエルの瞳に、数千年ぶりに人間らしい 濁り が宿った。




