第74話:初期化、あるいは最後の一掃き
空中要塞の半分が、轟音さえ残さず消滅した。 田中老人が放った一振りは、物質的な破壊ではない。そこにあるべきではない 不自然な正義 を、世界の記述から強制的に削除する 編集作業 そのものだった。
「……やはり、貴方は世界の癌だ、田中。整えられた理を乱し、淀みを良しとする。その傲慢、今ここで根絶しましょう」
大母の瞳から、人間らしい色彩が完全に消失する。 彼女が懐から取り出したのは、古びた、しかし銀色に輝く一つの 鍵 だった。それはローゼンバーグ家が代々秘匿してきた、世界の 初期化スイッチ 。これを発動させれば、この街も、人々の記憶も、そして積み上げられたすべての汚れも、真っ白な 無 へと還る。
究極の堕天:不純物の揺り籠
「……させないわ。この世界の醜さも、痛みも、すべては私が 愛した ものよ!!」
私は、大母が放とうとする 白き終焉 を食い止めるため、自らの存在をさらなる深淵へと捧げる。
見て。 私の影が、もはや個の形を捨て、街を丸ごと包み込む巨大な 子宮 へと変貌していく。 これは、光から逃げるための闇ではない。 消し去られようとするすべての ノイズ を、その内側に匿い、育むための、母性にも似た 究極の闇落ち だ。
漆黒のドレスは無数の嘆きを吸い込んで重厚な漆黒の鎧へと変わり、私の背後には、千の腕で街を抱擁する 深淵の聖母 が降臨する。 銀髪は星々の死を閉じ込めたような絶対的な闇となり、私の存在そのものが、世界から掃き出された者たちの 最後の砦 と化す。
「お祖母様、見ていなさい。あなたが消そうとするこの ゴミ こそが、私の世界のすべてなのよ!!」
私の放つ漆黒の波動が、大母の起動した 初期化 の白い光を力任せに抱き締め、その消滅の力を 生 のエネルギーへと強制的に変換していく。
それは、神の裁きを無効化する、最も神聖で最も悍ましい 叛逆 の儀式だ。
黄金の極致:アレクセイの法悦
「エリザベート、その闇は僕が磨き上げる! どんな絶望も、僕の奉仕の前では 最高の輝き を放つはずだぁぁ!!」
アレクセイが、自らの肉体を黄金の 研磨剤 へと変質させ、大母の放つ初期化の波動に真っ向から激突する。 彼の振るう雑巾は、世界の消滅という 絶対の命令 さえも、ただの 頑固な焦げ付き として扱い、力技で現実に繋ぎ止めていく。
黄金の光と漆黒の影が混ざり合い、真っ白に塗り潰されようとする世界を、色鮮やかな 混沌 へと引き戻していく。 それは、高潔な死よりも、泥に塗れた生を望む、狂おしいまでの 光落ち の旋律だった。
生存者バイアス 私が今、こうして世界の消滅をその身で食い止められているのは、たまたま私が、この世界の 汚れ を誰よりも美しく愛でる審美眼を持ってしまったからだ。
田中の審判
「……分別が終わらんな。……大母よ。お前が消そうとしているのは、ゴミではない。……お前自身が、自分の 未練 を捨てられずにいるだけだ」
田中老人が、ついに竹箒を両手で垂直に立てる。 彼の周囲から、すべての音と光が消失した。 それは破壊でも創造でもない。 ただ、そこにあるべきではない 執着 を、静かに ゴミ袋 へと収めるための、最後の手順。
「……さらばだ、かつての友よ。……来世では、もう少し 散らかった人生 を楽しめ」
老人の竹箒が、ゆっくりと、天に向かって突き出された。




