第69話:監査の銀光、あるいは生活の防衛線
清掃事務所の煤けた窓ガラスを、この世のものとは思えない 銀色の閃光 が貫く。
それは、朝日のような温かさを持たない、無機質で絶対的な 拒絶の光 だ。事務所の床に積み上げられた古新聞や、アレクセイが大事に磨いていた使い古したバケツが、その光に触れた瞬間にさらさらとした砂となって崩れ落ちる。
「……不法占拠、および資産の私的流用を確認。これより、本家による 資産監査 を開始する」
事務所の入り口。 そこには、純白の法衣を纏った一人の男が立っていた。ローゼンバーグ本家直属、第三監査官。 彼の背後には、神々しくも冷徹な 銀の円盤 が浮かび、周囲の 不浄(現実) を片端から演算によって消去していく。
「お兄様を倒した程度の泥で、本家の審判から逃げられると思わないことだ。エリザベート、君の存在確率は今、零へと収束した」
黄金の奉仕:汚れなき光落ち
「……やめろ。やめるんだ。その綺麗な光で、この愛おしい 生活の汚れ を消さないでくれ!!」
叫んだのは、アレクセイだった。 彼は雑巾を握りしめたまま、銀の光の中に自らの身を投げ出した。
見て。 彼の全身から溢れ出したのは、かつての狂気ではなく、悟りを開いた聖者のような 黄金の慈愛 だ。 自らを最も卑しい清掃員と定義し、世界の全ての汚れを抱擁することを決意したアレクセイの 光落ち 。
それは、どの宗教画よりも神々しく、どの奇跡よりも無慈悲な自己変革だった。
「僕が守る! この事務所の隅に溜まった埃も、田中さんが零したお茶のシミも、全ては僕たちがここで 生きている という尊い証なんだぁぁ!!」
アレクセイの背後に、数千の手を持つ黄金の観音像が具現化される。 だが、その手には全て、古びた雑巾とバケツが握られていた。 彼は監査官が放つ銀の光を、その黄金の奉仕によって 中和(掃除) していく。
「……馬鹿な。五十パーセントを超える私の監査を、たかが数パーセントのゴミ拾いが押し戻すだと……!?」
生存者の観測
私は、光り輝く二人の異常者の間で、ただ静かにティーカップを握りしめる。
生存者バイアス 私が今、こうして消滅せずにいられるのは、たまたまアレクセイが、私の周囲一メートルだけを 最も大切な清掃区域 として死守しているからに過ぎない。
「アレクセイ、無茶よ! あなたの権能が焼き切れてしまうわ!」
「構わない! 完璧な世界なんて、もういらないんだ! 僕は、この汚れた日常の 番犬 として、ここで朽ち果てるのが本望だぁぁ!!」
アレクセイの黄金の光が膨れ上がり、銀の監査官を飲み込もうとしたその時。
事務所の奥で、カチリと安っぽいライターの音が響いた。
「……五月蝿いと言っただろう。……監査だか何だか知らんが、ここは私の私有地だ。……立ち入り禁止の看板を、まだ見ていないのか」
田中老人が、ゆっくりと立ち上がる。 彼の手にあるのは、竹箒ではない。 一斗缶の蓋。 ただのゴミのはずのそれが、彼の手に渡った瞬間、世界の全ての 光 と 闇 を反射する、究極の防盾へと変貌した。




