第68話:遺されたガラクタ、あるいは清掃事務所の日常
学園が崩壊し、白い光に飲み込まれたあの日から、一週間が経過した。
私とアレクセイが辿り着いたのは、街の片隅に佇む、看板さえ煤けた古びた清掃事務所だった。そこは、煌びやかな高層ビル群の影に隠された、世界の 吹き溜まり だ。
「……おい、お嬢さん。いつまでそこに突っ立っている。仕事がないなら、その茶碗でも洗っておけ」
田中老人が、湯呑みを片手にぶっきらぼうに言い放つ。 学園では絶対的な死神として君臨した彼も、ここではただの、腰の曲がった頑固な経営者に過ぎない。だが、その背中から漂う圧倒的な 生活感 こそが、何よりも神々しく、そして残酷なまでに現実を突きつけてくる。
「……田中さん、茶碗を洗うだけでは足りません! この事務所の床の傾き、壁のシミ、そしてエリザベートの心の曇り! 全てを、全てを僕の愛で還元しなきゃならないんだぁぁ!!」
アレクセイが、雑巾を握りしめたまま床に額を擦りつける。 彼の六パーセントという権能は、今や 究極の奉仕 へと転じていた。かつての王者が泥を舐め、歓喜の涙を流しながら床を磨き上げる姿。それは、どの聖典よりも深く、汚辱に満ちた 光落ち の光景だ。
アレクセイの周囲に、黄金の光の粒子が舞い上がる。 それは敵を滅ぼすための輝きではない。不条理な現実という名のゴミを受け入れ、抱擁し、そこに新たな意味を見出すための、あまりにも救いのない慈愛だ。
生存者の日常
私は、安物のパイプ椅子に腰掛け、窓の外を眺める。
そこには、学園の皇帝も、勇者もいない。 ただ、明日を生きるために必死に足を動かす、名もなき群衆の波があるだけだ。ローゼンバーグ家という 絶対の秩序 から切り離された今、私は初めて、自分の足が地面に触れている感覚を味わっている。
生存者バイアス 私が今、こうして安っぽいお茶を啜っていられるのは、たまたま私が、田中老人の言う 使い道のあるゴミ として、この事務所に回収されたからだ。
だが、安息は長くは続かない。 街の広報スピーカーから、聞き慣れた、けれど冷徹な声が響き渡る。
「……不法投棄された資産の回収を開始します。対象は、二名の不純物。ローゼンバーグの法に従い、即時の 強制排除 を執行せよ」
兄、ルーカスが消えた後に現れた、一族の更なる刺客。 清浄度五十パーセントを超える、本家の 監査官 たちが、この街を漂白するために動き出したのだ。
「……やれやれ。不燃ゴミの日に、余計なものを持ち込みおって」
田中老人が、静かに竹箒を手に取った。 その瞬間、事務所の空気が一変し、世界の理が再び彼の足元へと収束していく。




