第65話:ローゼンバーグの審判、あるいは漆黒の救済
冷たい雨が降る廃ビルの前。田中と呼ばれた老人の背中を追おうとした私たちの前に、数台の漆黒のリムジンが音もなく滑り込んできたわ。
ドアが開くと同時に、雨音さえも畏怖して退けるような、圧倒的な「静寂」が辺りを支配した。現れたのは、白手袋を嵌めた執事たち、そしてその中心に立つ、私と同じ銀髪を持つ男。
ルーカス・フォン・ローゼンバーグ。 私の兄であり、一族が「完成品」と称える、冷徹なる秩序の化身。
「……見苦しいよ、エリザベート。その泥、その傷、その瞳の濁り。……ローゼンバーグの血を引く者が、そんな不潔な現実に馴染むなんて」
兄の言葉と共に、彼の周囲の空気が白く発光し始めたわ。それは学園のシステムが見せた「漂白」よりも、さらに純粋で、慈悲のない神聖な圧力。
聖なる絶望:深淵への闇落ち
兄が右手をゆっくりと掲げると、降り注ぐ雨の一粒一粒が、鋭利なクリスタルの針へと変貌したわ。
「……汚れた妹は、もう必要ない。……せめて、その魂だけは清らかに砕いて、一族の庭の礎にしてあげよう」
その瞬間だったわ。 これまで「観測者」でしかなかった私の中で、何かが音を立てて崩れ、そして再定義されたのは。
見て。 私の内側から溢れ出したのは、ローゼンバーグの白き誇りではない。 あの地獄のような学園で、勇者の執念を、皇帝の孤独を、王たちの散り際を見届け続けてきた、生存者としてのドス黒い意地。
漆黒の昇華
ああ、なんて神々しく、なんて悍ましい瞬間かしら。 私の身体を包んでいたボロボロの制服が、影そのものを編み上げたような漆黒のドレスへと変貌していく。 瞳からは銀の輝きが消え、代わりに底知れぬ深淵の夜が宿ったわ。
それは、神に背を向け、泥に塗れることを選んだ者だけが到達する、究極の闇落ち(ダーク・フォール)。
「……お兄様。……あなたが愛でるその『美しさ』は、……死体の白さと何が違うのかしら?」
私の背後に、折れた翼を持つ巨大な「影」が、大伽藍のような重厚さで具現化されたわ。 それは、かつて学園に散った全ての「不純物」たちの魂を束ねた、絶望の女神の姿。
数式さえも黒く染まり、兄の放つ聖なる針を、私の影が次々と飲み込んでいく。 私は、気高く、美しく、そして誰よりも「不潔」に、自らの血脈を否定してみせたのよ。
「……私はもう、あなたの妹ではないわ。……私は、この汚れた世界の、唯一の証言者よ」
雨の中に立つ私の姿は、どの聖画よりも荘厳で、どの悪魔よりも救いがないほどに神々しかったはずだわ。




