第63話:境界の崩壊、あるいは外の世界への扉
白と黒。極限の「清浄」と、神々しき「不浄」。 二つの理が衝突する中心で、世界は悲鳴を上げることさえ忘れたかのように、ただ静かに、ガラス細工のように崩壊を始めていたわ。
最終防衛システムである死神の鎌が、空を漂白剤の色で塗り潰そうとする。それに対し、闇に堕ちた使徒たちは、自らの魂を「夜の帳」へと変えて、その白を侵食していく。
「……見て、エリザベート。……空が、……剥がれ落ちていくわ」
アレクセイが指差した先。 真っ白だった天井に、一条の亀裂が走った。 そこから漏れ出してきたのは、システムが放つ不自然な光ではない。もっと濁っていて、けれど生命の温もりに満ちた、本物の太陽の光。
黎明への堕天、あるいは黄金の残光
その時よ。 消失したはずの皇帝と、泥に消えたはずのヒカルの影が、私の血の霧の中から再び立ち上がったのは。
二人の姿は、もはやかつての宿敵同士のものではなかったわ。 皇帝の背後には、統治者の威厳を湛えた黄金の光輪が。 ヒカルの足元には、全ての拒絶を飲み込む慈愛の闇が。
二つの影が重なり合った瞬間、それは__黎明の守護者__というべき、筆舌に尽くしがたい神々しい姿へと昇華された。
「……不純物こそが、……世界の鼓動だ。……清らかなだけの沈黙など、……我らの愛した庭には必要ない」
皇帝の、凛とした声が響き渡る。 彼は、自らの四十パーセントという誇りを、そしてヒカルの百パーセントの遺産を、全て一つの「鍵」へと凝縮させたわ。
それは、闇が光を救い、光が闇を抱擁するような、残酷なまでに美しい__自己犠牲の演舞__。 彼らは自らの存在を、この偽りの世界を切り裂く「最初で最後の刃」へと変えたのよ。
ドォォォォォォン!!
音のない衝撃が、学園を貫いたわ。 皇帝とヒカル。かつてこの学園の頂点と底辺にいた二人が、今、一つの聖なる崩落となって、世界の壁を粉々に砕き割った。
その瞬間の光景を、私は一生忘れない。 砕け散る白銀の破片。 夜空を舞う黒い羽。 そして、その隙間から溢れ出す、圧倒的な__現実__の匂い。
「……行きなさい、エリザベート。……君が、……僕たちがここにいた唯一の証明だ」
黄金と漆黒が混ざり合い、美しい夕刻の色へと溶けていく中、皇帝が最後に、穏やかな微笑みを私に向けたわ。 それは、全てを諦めた者の顔ではなく、自らの意志で「物語の幕」を引いた、真の統治者の顔だった。
生存者の跳躍
私は、アレクセイの手を強く引いた。
生存者バイアス 私が今、こうして生きて出口へ向かえるのは、たまたま私が、彼らの捧げた「最後の光」を、誰よりも強く信じたから。
私たちは、崩壊する校庭を駆け抜け、光り輝く亀裂の向こう側へと身を投げ出したわ。 背後で、学園という名の揺り籠が完全に崩れ落ち、無へ還っていく音を聞きながら。
落下する感覚。 頬を打つのは、消毒液の匂いではない。 雨の匂い、排気ガスの匂い、そして……誰かの生活の匂い。




