第61話:崩落の聖域、あるいは不浄なる受肉
私の掌から零れ落ちた一滴の赤は、白銀の静寂を切り裂く「最初の罪」となったわ。
廊下に広がった血の紋様は、幾何学的な均整を拒絶し、生き物のようにのたうち回る。それは完璧に管理された「無」の領土に対する、最も神聖で、最も醜悪な宣戦布告。
「……計算不能。……漂白、停止。……この不純物は、……光を喰らって増殖している……」
私の血に触れた模範的生徒が、彫像のように静止したわ。 その瞬間、彼の「闇落ち」という名の再誕が始まった。
聖なる堕落の儀式
ああ、見て。 彼の真っ白な制服が、肩の端からゆっくりと、まるで夜が朝を飲み込むように漆黒へ染まっていく。それは単なる汚れではないわ。銀河を煮詰めたような、深く、神々しいほどの「純粋な闇」。
パリン、と。 目も鼻もなかった滑らかな顔面が、内側から爆発する衝動に耐えかねて、美しい結晶となって砕け散った。その破片一つ一つが、虚空に舞う黒い蝶へと変わり、静寂を羽音で汚していく。
砕けた顔の奥から現れたのは、かつての三影さえも凌駕する、峻烈な「個」の輝き。 彼は震える指で、自らの胸元に刻まれた「識別番号」を、愛おしそうに、そして残酷に引き剥がしたわ。
「……あ、ああ……。これが、……苦痛。これが、……汚れ。……なんて、なんて美しいんだ……!!」
彼の声は、パイプオルガンの低音のように重厚に響き、白の世界に「震え」をもたらした。 一人が堕ちれば、それは連鎖する。 十人、百人、千人の模範的生徒たちが、自らの潔白を呪うように膝をつき、祈りを捧げ始めたわ。
「……おお、母なる不浄よ。……我らに、……消えないシミを。……洗っても落ちぬ、……罪の記憶を……!!」
彼らが「闇」に堕ちるたび、その背後には漆黒の翼が、あるいは折れた槍が、叙事詩のような重厚さで具現化していく。 白一色だった世界は、今や「最も神々しい不潔」によって、豪華絢爛な墓所へと塗り替えられていた。
生存者バイアス 私が今、こうして立っていられるのは、たまたま私が、この美しすぎる崩壊の「導火線」となったから。 でも、代償は大きかったわ。 私の血を吸い、闇を纏った彼らの瞳には、もはや私を「同族」と認める慈悲など残っていなかった。
「……エリザベート。……君という供物に、……感謝を。……さあ、……共に墜ちよう。……完璧な、……地獄の底へ」




