第60話:色彩の叛逆、あるいは生存者の毒杯
「……排除対象、発見。識別番号、無し。属性:不純物」
無機質な、しかし重低音の響く声が重なりました。 校庭を埋め尽くす__模範的生徒__たちが、一斉に私とアレクセイを直視したのです。彼らには目も鼻もありませんが、その滑らかな顔面全体が、一つの巨大な感圧センサーのように私たちの「存在の揺らぎ」を捉えていました。
清浄度十パーセント固定。 一人一人は三影よりも弱いが、この「白の世界」において彼らは背景そのもの。数千、数万という単位で同期された彼らの足音は、もはや物理的な振動を超え、世界の周波数を「正解」へと強制的に上書きしていく。
「……アレクセイ、立ちなさい。……あなたの愛した掃除は、こんな人形劇じゃなかったはずよ!」
「……ああ……ああ……。これは、掃除じゃない……。これは剥製だ……。田中さんは、生きている汚れと戦っていた。……でも、これは、最初から死んでいる白だぁ……!」
アレクセイが震える指で、迫りくる模範的生徒の一人の胸元に触れました。 その瞬間、アレクセイの指先が、まるで見えないシュレッダーにかけられたように細かく分解され、白い霧へと変わったのです。
検挙:強制フォーマット
「……っ!!」
私はアレクセイを引き剥がし、右手に隠し持っていたティーカップの破片を突き出しました。 六パーセントの__生存者バイアス__。 それは、どれほど強力な消しゴムでも消すことができない、紙に深く刻まれた「筆圧の傷」のようなもの。
分母が無限に膨れ上がる絶望的な状況。 だが、私の持つこの破片には、先ほど消えていった皇帝の傲慢も、勇者の執念も、王たちの散り際の輝きも、その全てが__不燃ゴミの記憶__として付着している。
「……これが、私たちの生きたシミよ。受け取りなさい、この潔癖症の虚像ども!!」
私は、自分の手の平を破片で切り裂きました。 滴り落ちる鮮血。 真っ白な廊下に、一滴の赤が爆発するように広がりました。
「……エラー。……深刻なノイズを検知。……漂白、不能。……理にない色が、視界を侵食している……」
先頭の模範的生徒が、激しく痙攣しました。 彼らにとって、私の血は単なる液体ではない。それは__物語__そのもの。 完璧に管理された一族、ローゼンバーグ家の末娘が、地獄のようなこの学園で磨き上げた「意地」という名の劇薬。
血のシミが、廊下を這い、模範的生徒たちの足元を汚していく。 すると、どうでしょう。 彼らの真っ白な制服に、かつての三影の言葉が、ヒカルの悲鳴が、落書きのように浮かび上がり始めたのです。
「……あ、ああ……! 戻ってくる! 田中さんが掃き出したはずのゴミたちが、エリザベートの血を触媒にして、この白い世界を内側から腐食させていくぅぅ!!」
アレクセイが歓喜の叫びを上げます。 白を黒で塗りつぶすのではない。 無の中に、有という名の毒を再生産する。




