第59話:余白の聖域、あるいは再構築の胎動
静寂。 それは音が無いということではなく、音という概念そのものが「不要物」として仕分けされ、消去された結果でした。
校庭には、かつての激闘を物語る泥も、ひび割れたタイルも、吹き飛ばされた王たちの残骸さえも残っていません。ただ、あまりにも平坦で、あまりにも白い、完成された「無」がどこまでも広がっています。百パーセントの掃除屋・田中が遺した竹箒の残響は、この学園を一つの巨大な「空室」へと作り替えてしまったのです。
「……ハ、ハハ……。見てよエリザベート。……この空気、不純物がゼロだ。窒素も酸素も、あるべき比率で完璧に静止している……」
アレクセイが、真っ白な廊下の上で、自らの指先が透けていくのを眺めながら呟きました。 彼の六パーセントという観測能力は、この究極の清浄下では毒でしかありません。観測するという行為自体が、この完璧な白を汚す「解釈」という名のノイズになるからです。
生存者バイアス 私は今、こうして存在を保てている。それは、たまたま私がこの世界の完成に一ミリも貢献せず、ただの背景のシミとして残留することに特化したから。究極の無能こそが、この「白」に対する唯一の耐性だったのです。
だが、この余白は長くは続きませんでした。 掃除が終わった部屋には、必ず新しい家具が運び込まれる。それがこの学園の、あるいはこの世界の「管理」のルールなのですから。
ドクン。
学園の心臓部から、心音のような重い振動が伝わってきました。 それは生命の鼓動ではなく、管理システムが空っぽになった学園を「再構築」しようとする、機械的な胎動でした。
私は目撃しました。校門から整然と、寸分の乱れもなく入場してくる「新しい生徒たち」の姿を。 彼らには顔がありません。 制服は一分の隙もなくプレスされ、歩幅は一ミリの狂いもなく統一されています。 彼らは、三影のような王でも、ヒカルのような勇者でもありません。 ただ、この学園を「正しく運営する」ために量産された、清浄度十パーセント固定の__模範的個体__でした。
「……再構築だ。田中さんの掃除が終わったから、次は汚れない世界の運営が始まるんだ……」
アレクセイが恐怖に顔を歪めます。 新しくやってきた生徒たちは、廊下に座り込む私たちを一瞥もしません。彼らにとって、私たちは「まだ回収されていない古い備品」程度の認識なのです。
だが、私は知っています。 この美しすぎる無の学園は、私たち人間にとっては死と同義だということを。 不純物こそが、葛藤こそが、泥臭い執着こそが、私たちの生の証明だったはず。
私は、右手に隠したティーカップの破片を強く握りしめました。 ヒカルも、皇帝も、三影も。みんな、あの中に消えた。 なら、私がこの破片で、この真っ白なキャンバスを切り裂いてやる。




