第58話:最終下校時刻、あるいは分別という名の裁き
サッ、サッ、サッ。
その音は、破壊の衝撃波よりも鋭く、皇帝の威圧よりも重く、学園の全域に等しく響き渡りました。
「……あ、あ、ああああ!! 逃げろ! 逃げろエリザベート! あの音が聞こえる範囲にいる全ての生命は、今この瞬間から、意志を持つ者ではなく、単なる整理されるべき備品に格下げされたんだぁぁ!!」
アレクセイが自らの髪を掻きむしり、泥の中で身悶えます。彼の六パーセントという演算能力は、今や一つの恐るべき結論を弾き出していました。
概念的総掃:強制終了
それは、かつてこの学園に君臨した「掃除屋・田中」が残した、自動執行プログラム。学園の不純物濃度がデッドラインを超えた際、全ての例外を排除し、世界を初期状態へとリセットするための、無慈悲な歯車。
「……僕の三十パーセントが……。……削られているのではない。……不要な描写として、掃き出されている……!?」
皇帝が、信じられないものを見るかのように、自らの透き通った指先を見つめました。 三影の王たちが自らを砕いて作り出した「死浄の研磨」の輝きも、ヒカルを覆っていた「百パーセントのゴミ」も、その竹箒の音が空気を振るわせるたびに、チリ取りの中へと収束していきます。
「……芥! 灰屋! 無代! 戻れ、僕の盾となれ!!」
皇帝の悲鳴のような命令。 しかし、研磨剤と化していた三人の王たちに、もはや応える力は残っていませんでした。彼らは皇帝を救うという極限の効率化を求めた結果、自らをあまりにも細かく砕きすぎたのです。
「……さようなら、皇帝。……僕たちは、……ただの消しカスに戻るよ」
芥 蓮の最期の呟き。 彼ら三人の存在確率は、竹箒の一掃きによってゼロへと収束し、校庭の隅に置かれた概念のゴミ箱の中へと、音もなく吸い込まれていきました。
残されたのは、三十パーセントの皇帝と、三パーセントの勇者。
「……ヒカル。……君も、僕も。……結局、この完璧すぎる掃除の前では、……等しく片付け忘れた玩具でしかないんだね」
皇帝が、自嘲気味に笑いました。 彼の周囲を覆っていた絶対的な統治のオーラは、既に剥がれ落ち、そこには一人の震える少年としての姿だけが残っていました。
「……ああ。……でも、……それでも、僕は捨てられたままじゃ終わらない」
ヒカルの黒い泥の右腕が、最期の執念で皇帝の喉元へ伸びます。 しかし、その指先が触れるより早く、虚空から現れた__見えない竹箒__が、二人の間に横たわる全ての因果を掃き清めました。
生存者の静止画
私は、その全てを、心臓の鼓動を止めて観測し続けていました。
生存者バイアス 私は今、こうして存在を許されているのは、「たまたま私が、あまりにも無力で、掃除の対象にする価値さえ見出されない床の傷として背景に馴染んだから」という、極限の同化による結果でした。
「……終わるわ。……全てが」
アレクセイが、私の隣で、ついに力尽きたように横たわりました。 「……見て。……校庭が、……真っ白だ。……一ミリの埃もない。……一分子の汚れもない。……田中さんの、……百パーセントの、……完成形だ……」
ヒカルが消え、皇帝が消え、三影が消えた。 美しすぎる無。 暴力的なまでの潔癖。 学園という名の揺り籠は、その中身を全て分別し終え、再び誰もいない、完璧に整頓された器へと戻ったのです。




