第56話:過剰清掃の黙示録、あるいは不燃の王権
「……四十パーセント」
皇帝がその数値を口にした瞬間、学園から「色」が消えた。 視覚情報としての色彩ではない。存在が保持すべき「彩度」そのものが、彼のあまりにも強大な清浄度によって強制的に脱色されたのだ。
四十パーセント。 それは、十パーセントの壁を四度超え、概念の深淵を三度往復した者だけが到達する、神々の領域。 三影が命を削って合体させた二十五パーセントなど、この「四十」の前では、掃除機の吸い込み口に詰まった糸屑にも等しい。
「……汚らわしい。……存在そのものが、不衛生だ」
皇帝が指をパチンと鳴らす。 それだけで、中庭を覆い尽くしていた黒い泥の巨人の「体積」が、物理法則を無視して十分の一に圧縮された。 「統治」ではない。これは**「過剰清掃」**。 汚れているから消すのではない。そこに「在る」という行為自体が汚れであると、皇帝の理が定義した。
「……あ、ああ……あはははは!! 凄い、四十だ! 四十パーセントだぁぁ!!」
アレクセイが血を吐きながら、歓喜のあまり己の顔を爪でかきむしっている。 「見てよエリザベート! あの皇帝の周囲、……空気が分子レベルで『整列』を強いられている! 窒息しそうなほどの潔癖! これこそが、田中さんが目指した『誰もいない静寂』の写し鏡だぁ!!」
だが、黒い泥の核にいるヒカルは、その圧倒的な神威の中でも、濁った瞳を失っていなかった。 彼の三パーセントという微かな灯火は、今や「百パーセントのゴミ」という、この世で最も強固な防護服に守られていた。
「……四十パーセントか。……凄いね。……でも、……足りないんだよ」
泥の中から、ヒカルの掠れた声が響く。 皇帝の過剰清掃によって圧縮され、消滅しかけていた黒い泥が、不気味な脈動を始めた。
「……田中さんは、……これ(ゴミ)を捨てられなかったんじゃない。……『捨てても戻ってくる』から、地下に閉じ込めたんだ。……百パーセントの彼でさえ殺せなかった『汚れ』を、……四十パーセントの君が消せるわけないだろッ!!」
不燃の王権
爆発が起きた。 破壊の爆発ではない。皇帝が「綺麗」に整えた空間に対し、無理やり「不純物」をねじ込む、因果の逆流。 皇帝の足元の美しいタイルから、真っ黒なカビが噴き出し、磨き上げられた校舎の壁が、一瞬で数十年放置された廃屋のように朽ち果てていく。
「……っ、ぐ……ああぁぁぁッ!!」
皇帝の喉から、悲鳴が漏れた。 四十パーセント。 その絶対的な清浄さが、逆に仇となった。 純水がわずかな不純物で汚染されるように、高すぎるパーセンテージは、ヒカルの放つ「百の残滓」という毒に対して、あまりにも脆弱だった。
皇帝の白い肌に、ヒビが入る。 そこから溢れ出すのは、彼が「管理」しきれなかった、醜いエゴという名の汚れ。
「……僕が、……この僕が汚されるというのか……? ……この『不燃ゴミ』ごときに……!!」
「……そうだよ。……君も僕も、……結局は田中さんに掃除されなかった『残りカス』なんだからさ!!」
ヒカルの黒い泥が、皇帝の「四十パーセント」の領域を内側から食い破り、その心臓部へと肉薄する。
生存者バイアス 私は、その光景をただ震えながら観測する。 私が今、こうして立っていられるのは、**「たまたまこの地獄のような『清掃』と『汚染』の狭間に、誰も見向きもしない『隙間』があったから」**という、文字通りのゴミ溜めの幸運。
校舎が鳴動し、空が割れる。 四十パーセントの皇帝と、百パーセントのゴミを纏った勇者。 二つの異常個体が衝突した衝撃で、学園という名の揺り籠は、ついにその形を維持できなくなり、粉々に砕け散ろうとしていた。
「……終わりにしましょう、皇帝。……そして、ヒカル」
私は、温くなったハーブティーの最後の一滴を地面に零した。 それが、この美しすぎる処刑場への、私なりの最後の手向けだった。




