第54話:深淵の産声、あるいは不浄のシンギュラリティ
ギギ、ギギギギギ……ッ!!
廃棄物処理場の巨大な鉄扉が、内側から「存在しないはずの質量」によって押し広げられていく。
「……計算が、合わない。……排気効率、マイナス。……僕の十六パーセントが、……ただの『吐息』に書き換えられている……!?」
無代 零三郎の顔面から、感情を捨てたはずの機械的な仮面が剥がれ落ちた。彼の「完全濾過」は、対象を虚無へ送る能力。だが、扉の奥から溢れ出してきたのは、虚無とは正反対の、あまりにも濃厚で、あまりにも「具体的」な情報の濁流だった。
それは、ゴミだった。 だが、ただのゴミではない。 百パーセントの掃除屋・田中が、学園中の不純物を一点に凝縮し、圧縮し、分子レベルで「詰め込み」続けた結果生まれた、概念的圧縮物。
「……ひっ、ひぃぃぃぃ! 見て、見てごらんエリザベート! あの圧縮率! あの梱包の美しさ! 十六対九の黄金比で積み上げられた、廃棄物のピラミッドだぁぁ!!」
アレクセイが、恐怖のあまり口から泡を吹きながら、同時に法悦の表情でその「不浄の山」を指差した。
「……あれは、田中さんが……『片付ける場所が無いから、ここに纏めておいた』と言って残した、……世界の『汚れ』そのものだぁぁぁ!!」
ドォォォォォォン!!
鉄扉が完全に吹き飛んだ。 中から溢れ出したのは、数十年分の怨嗟と、埃と、そして「捨てられた」という事実を糧に成長した、巨大な黒い泥の塊。
「……不快。……不潔。……排除、不可能」
無代が十六パーセントの出力を最大まで引き上げるが、その黒い泥は、彼の「排気」を逆に飲み込んで増殖していく。掃除機が大量の砂を吸い込んでモーターを焼くように、無代の演算回路が「理解不能」の警告音を脳内に響かせた。
「……ぐ、あああぁぁッ!!」
十六パーセントの神域にいたはずの男が、黒い泥の奔流に飲み込まれ、壁へと叩きつけられる。 皇帝の忠実なフィルターだった彼は、今や「処理しきれない不純物」に溺れる、ただの哀れな機能不全者だった。
「……ヒカル! 今よ! あの泥にあなたの『生乾き』を繋げなさい!」
「……わ、分かった! ……食らえ、……これが僕の、……捨てられた者の連帯だッ!!」
ヒカルの黒い右腕が、扉から溢れ出した「概念のゴミ」と共鳴する。 三パーセント。数値の上ではあまりにも微弱。だが、ヒカルの「生乾き」と、田中が残した「不浄の山」は、同じ**「消しきれなかった執念」**という一点で、完璧な同期を果たした。
校庭で三影が見せた合体権能さえも上回る、圧倒的な「負のエネルギー」が地下通路を逆流していく。
「……あ、ああ……田中さんの『忘れ物』が……地上に向かっていく……」
アレクセイが、這いずりながらその黒い奔流を見送る。 それは、美しすぎるほどに管理された地上に対する、地底からの「反吐」だった。
「……行きなさい、ゴミの王たち。……皇帝の整えられた庭を、……私たちの『生きた証』で塗り潰してやるのよ!!」
私は、生存者としての狂気を孕んだ笑みを浮かべ、黒い泥と共に、再び光の射す地上へと駆け上がった。
三十パーセントの統治。 十六パーセントの検閲。 それら全てを、百パーセントの掃除屋が残した「たった一つの燃えないゴミ」が、今、根底から破壊しようとしていた。




