第53話:地底の検閲、あるいは絶対服従のフィルター
地下へ続く螺旋階段は、驚くほど「無機質」に磨き上げられていた。 かつては湿気とカビに支配されていたはずの廃棄物処理場への道。しかし今、そこにあるのは、皇帝の意志を忖度した三影による、狂気じみた過剰清掃の痕跡。
「……ヒカル、足音を殺しなさい。ここから先は、彼らが『呼吸音さえも不純物』として定義している領域よ」
私は、膝をガクガクと震わせながら階段のタイルに頬を寄せ、「あの方のワックスの塗り込みが足りない……」とブツブツ呟くアレクセイを引きずりながら、闇の奥を見据えた。
十六パーセント。
階段の最下層、旧・廃棄物処理場の巨大な鉄扉の前に、その男は立っていた。 無代 零三郎。 皇帝にプライドを折られ、王であることを辞めた男。今の彼は、感情の一切を排気し、ただ皇帝の「領土」を完璧に保つための、高性能なフィルターと化している。
「……侵入者を確認。……廃棄物管理リストとの照合を開始」
無代の声には、もはや先程までの人間らしい傲慢さすら残っていない。 十六パーセントという絶望的な出力が、すべて「皇帝の命令」を遂行するための演算に回されている。
「……エリザベート。……ヒカル。……そして、機能不全のアレクセイ。……君たちは、地上の清浄を乱す『未分別のゴミ』だ」
「……無代。あなた、あの皇帝にそこまで魂を売ったの? 十六パーセントもの力がありながら、ただの門番に成り下がるなんて!」
私の叫びに、無代は薄く、キモいほどに歪な陰キャスマイルを浮かべた。 それは喜びではなく、ただの筋肉の痙攣に近い。
「……違うよ。……僕は、救われたんだ。……三十パーセントという圧倒的な『正解』の前に跪くことで、……掃除の悩みから解放された。……僕はもう、迷わない。……ただ、皇帝の視界に入らないように、……君たちを消すだけだ」
廃棄の排気:完全濾過
ドォォォォォォン!!
衝撃。 空気が吸い出されるのではない。 私たちの存在そのものが、「皇帝の世界に不要なエラー」として、十六パーセントの力で強制的に「濾過」され始めた。
生存者バイアス 私は、必死に自分の存在を肯定し続ける。 私が今、こうして消えずにいられるのは、**「たまたま無代の濾過の網目が、私の執念よりもわずかに粗かったから」**という、針の穴を通すような生存の確率。
「……がはっ……腕が、……僕の腕がまた……!!」
ヒカルの「生乾きの腕」が、無代の清澄なフィルターに引っかかり、ボロボロと千切れていく。 三パーセント。どれほど執念を燃やそうとも、十六パーセントという絶対的な「虚無」の濾過の前では、私たちはただの「不純物」として分別され、廃棄される運命。
「……アレクセイ! 早くして! このままだと、私たち全員、皇帝の『ゴミ箱』に放り込まれるわよ!!」
「……ひっ、ひぃぃぃ! 掃除しなきゃ! 還元しなさい、僕の恐怖よ!!」
アレクセイが叫ぶ。 彼の「絶対還元」が、無代によって濾過された私たちの定義を、無理やり「汚れたまま」の状態に繋ぎ止める。
「……非効率だね。……何度消しても、……ゴミが再生するなんて」
無代の指先が、さらに深く、私たちを指し示す。 出力、上昇。十六.五パーセント。 一パーセントを上げるのが不可能な領域で、彼は自らの「自我」を削り、皇帝への忠誠心へと変換することで、その壁を強引に突破し始めた。
「……消えろ。……皇帝の庭を、……これ以上汚すな」
絶体絶命。 だが、その時。 廃棄物処理場の鉄扉の奥から、ガタガタと異質な音が響いた。
それは清掃の音ではない。 もっと根源的で、もっと不潔で、そして……圧倒的に「百パーセント」に近い、暴力的なまでの「片付け」の予感。
「……なんだ……この音は? ……僕の排気が、……押し戻される……?」
無代の顔に、初めての恐怖が走る。




