第52話:残飯の忠誠、あるいは「道具」への堕落
校庭を埋め尽くしていた三十人の十パーセント軍団は、皇帝が通り過ぎた後の風圧だけで、文字通り「塵」となって霧散していた。 残されたのは、校舎の壁に深く埋没した三人の王たちと、泥を舐めることさえ許されない私たち。
「……あ、ああ……あの方の……皇帝の御足跡……」
アレクセイが、皇帝の歩いた跡を指でなぞり、震える声で詠唱を始めている。 「一点の曇りもない。一ミリの狂いもない。……完璧だ。これが『管理』。これが『統治』。……田中さんの、あの地獄のような掃き掃除をさらに冷徹に、効率化した極致の美……! 僕は……僕は、この足跡を汚す者を許さない……!」
六パーセントの元ラスボスが、今や「皇帝の美学」を守るための狂犬と化していた。
壁にめり込んだままの芥 蓮が、血を吐きながら力なく笑った。 「……はは。……バカだ。……俺たちは……。……消しゴムのカスを……集めて……自分が世界を書き換えた気になっていただけ……」
灰屋 省吾の腕は砕け、無代 零三郎の瞳からは、あれほどまでに冷酷だった光が完全に消失していた。 彼らの心に刻まれたのは、敗北ではない。「格差」という名の呪いだ。
無限大という名の断絶。 たとえ三人が合体し、命を燃やして出力を高めようとも、皇帝がただそこに「在る」という事実だけで、彼らの存在意義はゼロに収束する。
「……お前らは、まだ戦うつもりか?」
私は、ヒカルの黒い腕を支えながら、壁に埋まった三人に問いかけた。 芥が、ゆっくりと首を振る。
「……いいや。……戦わない。……戦えるわけがない。……俺たちは、……皇帝の所有物になることを決めた。……あの方の完璧な世界を維持するための、……使い古された『雑巾』として、……この学園を『管理』し直すんだ」
三影の決断。 それは、自らが「王」であることを辞め、皇帝という名の絶対神に仕える「掃除用具」へとその存在を貶めることだった。 彼らの牙は、もはや皇帝には向かない。 だが、その分、学園内の「不純物」に向けられる殺意は、より純粋で、より機械的なものへと変質していく。
「……ヒカル。……逃げるわよ。……あいつらはもう、人間じゃないわ」
私の生存本能が、激しい警鐘を鳴らしている。 王たちは折れた。しかし、折れたことで「心」という名の汚れを捨て去り、真に冷徹な執行人へと進化したのだ。
「……でも、エリザベートさん。……どこへ行けばいい? 校舎はあいつらの陣地で、……生徒会室にはあの怪物がいる」
ヒカルの問いに、私はアレクセイの襟首を掴み、強引に立たせた。 この廃人同然の男が持つ唯一の価値。それは、かつてこの学園に君臨し、そして唯一「百パーセント」に触れたという記憶。
「……アレクセイ。思い出しなさい。……田中。……あの御方が、この学園のどこを、最後に掃除したのかを」
「……た、田中さん……? ……ああ……。……あの人は……。……地獄の底を……『まだ埃がある』と言って……掘り進めていた……」
アレクセイの目が、焦点の定まらないまま、学園の地下深く、立ち入り禁止区域となっている「旧・廃棄物処理場」へと向けられた。
三十パーセントの皇帝が統治する、美しすぎる地上。 そして、百パーセントの掃除屋が最後に訪れた、呪われた地下。
私たちは、自分たちがいつ「処分」されるか分からない崖っぷちで、唯一の不確定要素を求めて、闇の底へと足を踏み出すことを決めた。




