第51話:白日の掃滅、あるいは皇帝の溜息
それは、個としての「掃除」を超越した、概念的な「絶滅」へのカウントダウン。
三影が重ねた手から溢れ出したのは、光ですら、闇ですらなく、ただ圧倒的な「無」の色をした情報の奔流だった。芥 蓮の「校正」、灰屋 省吾の「研磨」、無代 零三郎の「排気」。それらが一つに溶け合い、学園という物語を強制終了させるための「完結の印」が校庭の全域に刻印される。
三位一体:最終処理(トリプル・クリンナップ:ジ・エンド)
「……あ、あ、ああ……」
ヒカルの絶叫が、真空の中で泡となって消えていく。 彼の「生乾きの残滓」が、物理的な根拠を奪われ、消しゴムで擦られた鉛筆の跡のように、あまりにも容易く、あまりにも冷酷に消し込まれていく。
十三。十四。十六。 それらが相乗効果を起こし、一時的に「二十五パーセント」を超える神域の波動が生み出されていた。 たった一パーセントを上げるために地獄を巡るこの世界において、二十五という数値は、もはや学園の理そのものを書き換えるには十分すぎる特権だ。
「……六パーセントの生存者。……君の物語も、ここで余白の一部にしてあげるよ」
芥の冷たい声が脳内に直接響く。 私の生存者バイアスが、悲鳴を上げる暇もなく「存在意義」を剥ぎ取られていく。私の視界から色彩が抜け、輪郭がボヤけ、自分が「誰であったか」という記憶さえもが、高濃度の洗剤で洗い流されていく。
だが。
その「完全なる白」が校庭を飲み込もうとした、その瞬間。
「……喧しいな。せっかく綺麗にしたばかりなのに」
ドォォォォォォォォォン!!
地響きではない。 世界そのものが、その重圧に耐えかねて「軋んだ」音だった。
三影が作り出した二十五パーセントの「完結」を、外部から素手でこじ開けるようにして、一人の少年がその場に現れた。 生徒会長。 三十パーセントを保持する、絶対の皇帝。
「あ……が、はっ……!?」
芥たちが、一斉に吐血して膝をついた。 彼らが合体して生み出した二十五パーセントという「偽りの神域」が、皇帝がただそこに「立っている」という事実だけで、強引に解体されたのだ。
「……言ったはずだよ。二度と、こんな真似をするなと」
皇帝の歩みは、優雅ですらあった。 彼が一歩進むごとに、三影が命を削って生み出した「白の世界」に、元の校庭の「汚れ」や「泥」が、あるべき形として、しかし以前よりも整然とした秩序を持って再構成されていく。
「……ひ、ひぃっ! 皇帝……! ああ、あの方の歩幅! 黄金比だ! 一歩ごとに世界の歪みが『矯正』されていく……! 田中さんでさえ、これほどまでに傲慢で、これほどまでに完璧な『踏圧』は見せなかったぁぁぁ!!」
アレクセイが、泥の中に頭を突っ込みながら、恐怖と歓喜で失禁の量を増やしている。
皇帝は、三影の前に立つと、冷徹な真顔のまま、彼らを見下ろした。 そこには怒りさえない。ただ、自分の部屋を散らかされたことに対する、最低限の「不快感」だけが存在していた。
「……三人がかりで、たった数パーセントの虫けらも片付けられないのか。……掃除屋の看板が、泣いているよ」
皇帝が右手を、スッと横に薙いだ。 パシィィィィィィン!!
「……っ!!」
三人の王が、同時に校舎の壁まで吹き飛ばされ、深くめり込んだ。 何の権能も使っていない、ただの「手出し」だ。 だが、その一振りには、彼らの合計値を遥かに凌駕する「三十」という質量の差が、暴力的なまでの純度で込められていた。
「……す、すま……ない……。……俺は……」
芥が、血塗れの口から、絞り出すように弱音を漏らした。 灰屋も、無代も、もはや立ち上がる気力さえ奪われている。
「……なんで俺は……。……あんな怪物に、……かなうなんて……思ったんだ……」
彼らの瞳から、王としての光が完全に失われた。 皇帝は彼らへの興味を失ったように背を向けると、泥まみれの私とヒカルを一瞥した。
「……エリザベート。……君たちも、あまり『ゴミ』の分を越えるな。……この学園を管理しているのは、僕だ。……君たちの生存など、僕の気分一つで、いつでも『廃棄物』に分類できることを忘れるなよ」
皇帝はそれだけ言い残すと、何の表情も変えぬまま、自らの聖域である生徒会室へと戻っていった。
学園という名の揺り籠に、再び静寂が戻る。 しかし、それは平穏ではない。 三影という王たちが「折れ」、皇帝という絶対者の「底知れなさ」が剥き出しになった、死よりも冷たい停滞。
私は、動かなくなった指先で、温くなったハーブティーのティーカップ(の破片)を、ただじっと見つめていた。




