第49話:汚染の連鎖、あるいは清浄の拒絶反応
三十人の「十パーセント」が放つ、絶対的な洗浄の奔流。 本来、三パーセントや六パーセントの有象無象など、その一撃で原子レベルまで漂白され、この世からログアウトさせられるはずだった。
だが、校庭に立ち昇ったのは、清涼な水蒸気ではない。 鼻を突くような、生乾きの雑巾を放置した際のあの「不快」を凝縮した、どす黒い瘴気だった。
「……計算通りね。……いえ、計算以上の『汚れ』だわ」
私は、ヒカルの背後で、自らの生存領域を極限まで縮小し、盾として固定した。 彼の消失した右腕から溢れ出す**「生乾きの残滓(リン走・レジデュー)」**。それは、十三パーセントの芥 蓮によって一度「削除」されたという事実を燃料にして燃え上がる、因果のシミ。
「……洗えば洗うほど、……汚れが広がる。……これが僕の、……三パーセントの意地だッ!!」
ヒカルが黒い霧の腕を振るう。 その霧がX組の放つ洗浄液に触れた瞬間、洗浄液そのものが「汚水」へと変質した。 十パーセントの権能をもってしても、この「一度消された存在」が放つ執念は、分解することができない。むしろ、彼らの清らかな力が、ヒカルの汚れを培養するための「栄養」へと変換されていく。
これが、能力の解釈による下克上。
清浄度が高ければ高いほど、分母が安定し、結果として汚染の総量が加速する。
彼らが「綺麗」であろうとすればするほど、私たちの不潔な粘り気が、彼らの陣形を内側から腐食させていくのだ。
「……陣形、崩壊。……不純物の逆流を確認。……理解、不能。……十パーセントの出力が、三パーセントに『汚染』されている……!?」
無機質だったX組の生徒たちの顔に、初めて「困惑」という名のノイズが走る。 秩序だった「滅菌の檻」は、一転して「汚泥の沼」へと変わり果てた。
「……ぬるい! ぬるすぎるぞ貴様らァ!!」
そこで追い打ちをかけたのは、恐怖のあまり精神の防波堤が決壊したアレクセイだった。 彼は四足歩行のような姿勢で砂漠を駆け抜け、X組の持つバケツや高圧洗浄機に、次々と触れていく。
「水圧が一定じゃない! 水温が二度低い! こんな中途半端な洗浄は、対象をただ湿らせるだけの『拷問』だ! 田中さんなら……あの御方なら、ホースの角度だけで空間の分子を整列させる! やり直せ! 貴様らの道具は、全て『ゴミ』だぁぁ!!」
絶対還元 アレクセイの六パーセントが、狂気によってブーストされる。 彼が触れたX組の清掃用具は、次々と「原材料の鉄くずとプラスチックの塊」へと還元され、無力化されていく。十パーセントの権能を、「掃除の作法がなっていない」という理不尽な理由で、根底から否定して破壊する。
「……今よ! ヒカル、一気に突破しなさい!!」
「……了解! ……落ちろ、……生乾きの淵に!!」
ヒカルの黒い腕が膨れ上がり、校庭を覆う汚染の沼を一点に集約させた。 ドロリとした重圧が、X組の陣形を物理的に押し潰す。
生存者バイアス 私が今、この光景を見ているのは、**「たまたま私が、この史上最悪の泥仕合の『観客席』に滑り込んだから」**という、極めて身勝手な生存の特権。
だが、私たちはまだ気づいていなかった。 この汚染の乱痴気騒ぎを、校舎の屋上から、冷ややかな瞳で見下ろす影がもう一人いることに。
「……汚いね。……美学の欠片も無い、下俗な足掻きだ」
十六パーセント。 無代 零三郎。 彼は、自らが作り出した焼却炉の残骸の上に立ち、私たちの「泥沼の反撃」を、ただの「掃き溜めの喧嘩」として見限っていた。
学園という名の揺り籠は、泥と、恐怖と、そしてわずかな希望によって、さらに深く、不治の病に侵されていく。




