第43話:系統的殺菌、あるいは不燃物の連帯
皇帝が定めた「現状維持」という名の静寂を、X組は自分たちの都合のいいように解釈した。彼らはもはや皇帝の聖域を侵さない。その代わり、皇帝が関心を持たない「下層の不純物」を根こそぎ排除することを、新たな存在理由としたのだ。
一年一組の教室は、わずか三分で「無」になった。
悲鳴すらも清掃されたその空間に、血の匂いは残っていない。ただ、あまりにも強すぎる洗剤の匂いと、生命の気配が一切剥ぎ取られた冷徹な白だけがそこにあった。
「……次は二組。……効率が悪いね。……もう少し『出力』の密度を上げようか」
三影の一人、灰屋 省吾が、廊下の真ん中で巨躯を揺らす。彼の足元には、かつて学園のスター候補だった生徒たちが、文字通り「塵」となって積み上がっていた。
「……アレクセイ。床を舐めるのはそのくらいにして、前を見なさい」
私は、未だに皇帝の修復した床の輝きに魂を奪われている元王子の襟足を掴み、無理やり立たせた。彼の六パーセントという演算能力がなければ、この殺戮の嵐の中で「逃げ道」を見出すことは不可能だからだ。
「……ああ、エリザベート。見てごらん、このタイルの目地。……これこそが、あの御方の、田中の……いや、皇帝の『神技』だ……。それに比べて、あいつらの掃除はあまりにも粗野だ。……ただ壊しているだけだ」
「粗野だろうと何だろうと、私たちは今、その『粗末な掃除』に巻き込まれて消えようとしているのよ」
私はアレクセイを引きずり、一階の廊下の影に身を潜めた。 そこには、三パーセントの勇者、ヒカルが泥を啜るような無様さで倒れていた。彼の「生乾き」の異能は、X組による「絶対乾燥」の前に、もはや発動することすら許されていない。
「……ヒカル。生きてる?」
「……エリザベート、さん……。……あいつら、本気だ。……クラスを一つずつ、順番に、文字通り『消して』いってる……」
ヒカルの瞳に宿っているのは、かつての勇者の輝きではない。ただの、巨大な害虫駆除機を前にした、小さな虫の恐怖。
「……逃げるわよ。私たち『生存者』と、役立たずの『勇者』。……そして、掃除オタクに成り果てた『元ラスボス』。……これが、この学園の最後の抵抗勢力だなんて、笑えない冗談ね」
だが、その時。 廊下の向こうから、空間そのものが「研磨」される不快な音が響いてきた。
十四パーセント。
灰屋 省吾が、私たちの隠れ家に一歩ずつ近づいてくる。 彼にとって、私たちは「見落とした角のホコリ」程度の認識だろう。だが、その認識こそが最も恐ろしい。彼は敵として私たちを見ているのではない。ただ、残っていてはいけない「汚れ」として見ている。
「……見つけた。……頑固な油汚れは、力任せに削り落とすのが、僕の流儀なんだ」
灰屋が右手を突き出す。 彼の権能、**塵埃の陣**が、廊下全体を巨大な「研磨機」へと変貌させる。 私の六パーセントの防御壁が、火花を散らして削られていく。
「……立て、勇者。……死にたくないなら、その『湿った意地』を最後の一滴まで絞り出しなさい!!」
私は、迫りくる絶望の数値を見つめながら、かつてないほどの怒りと共に扇子を構えた。 皇帝の三割にも満たない王たち。だが、私たちにとっては、それは世界を終わらせるに十分すぎる「滅菌」の牙だった。




