第40話:不燃物の意地、あるいは皇帝の「片付け」
「……王たちの手を汚すまでもありません。この場は私にお任せを」
三影の足元に跪いていた男が、ゆっくりと立ち上がった。 かつては十パーセントの権能を誇り、今はその矜持を捨てて「塵取り」へと身を落とした男。彼は冷酷な視線を私に向け、手に持った粘着クリーナーの芯をナイフのように構える。
「六パーセントの生存者。……お前の粘り、ここで完全に剥離してやるよ」
ドォォォォォォン!!
衝撃が走ったのは、思考よりも先だった。 速い。そして、あまりにも重い。 十パーセントという「神域」に片足を踏み入れた男の攻撃は、私の「生存者バイアス」を力ずくでねじ伏せるだけの質量を持っていた。
「……っ、がはっ!!」
私の防御を透過し、腹部に突き刺さる打撃。 床を転がり、血を吐きながらも私は視線を上げた。だが、追撃は慈悲なく続く。 壁に叩きつけられ、髪を掴まれ、何度も何度も、石床に顔を打ち付けられる。
「無様だな。これが『質の差』だ。理解したか、不燃ゴミ」
私の意識は朦朧とし、視界は赤く染まっている。 惨敗。そう呼ぶことさえ生ぬるい、一方的な蹂躙。 三影たちは、この一方的な解体作業を興味なさげに眺めている。彼らにとって、私はもはや「分析」に値しない微細なホコリに過ぎない。
「……まだ……よ……」
だが、私は立ち上がった。 骨が砕ける音がし、全身の神経が悲鳴を上げている。それでも、私は男の足首に食らいついた。 指先が剥がれ、爪が割れても、私は「生き残る」ことをやめない。 それが、私の唯一の理だから。
「……しつこい。反吐が出るぜ」
男の顔に、どす黒い怒りが滲む。 私の執念が、彼の「十パーセント」としてのプライドを逆撫でしたのだ。
「女だからと言って容赦すると思ったか? ……その目障りな顔面ごと、この世界から『研磨』して消してやるよ!!」
男が拳を振り上げる。十パーセントの全出力を拳の一点に集中させた、不可避の破砕。 私の顔面を狙ったその一撃が、空間を切り裂き、放たれようとした瞬間――。
パシィィィィィン……ッ!!
廊下に響いたのは、乾いた、しかしあまりにも巨大な「音」だった。
「……え?」
私の眼前で拳を振り抜こうとしていたはずの男が、一瞬で「消えた」。 いや、消えたのではない。 認識不可能な速度で、廊下の彼方――校門の方向へと「吹き飛ばされた」のだ。
窓ガラスが次々と割れ、衝撃波が建物を揺らす。 男の肉体は、生徒会館の壁を突き破り、中庭を横切り、遥か遠くの校門まで一直線に「掃き出された」。
「……騒がしいな。廊下は静かに歩くものだと、教わらなかったのか」
背後から、凍りつくような声がした。 私は震える体で、ゆっくりと振り返る。
そこには、生徒会室の扉を背に立つ一人の少年。 生徒会長。三十パーセントの「皇帝」。
彼は、汗一つかいていない。 ただ、邪魔なゴミを払うかのように、右手を軽く横に振っただけだ。 十パーセントという神域にいたはずの男が、彼の「一振り」で、文字通り学園の外まで「片付けられた」という事実。
三影たちの顔から、余裕が消え失せている。 芥 蓮の持つ本が、ガタガタと震えている。 十六パーセントまで出力を高めたはずの無代でさえ、呼吸を忘れたように固まっている。
「……生存者、エリザベート。君の執念は評価しよう。だが、今の君は『不衛生』だ。……下がっていなさい」
皇帝の視線が、三影を捉える。 それだけで、彼らの足元のタイルが粉々に砕け散った。
「さて。……掃除屋を自称する諸君。……君たちが散らかしたこの学園を、誰がどうやって『始末』するべきか。……少し話し合おうじゃないか」
皇帝が、一歩、前へ踏み出す。 それは三十パーセントという質量が、学園の理を完全に上書きした瞬間だった。




