第39話:逆流する怒意、あるいは死線上の狂走
「……待て。行くな」
三影の背後、影のように付き従う私は、反射的に声をかけようとして——止めた。 喉まで出かかった制止の言葉を、どす黒い野心が呑み込む。 芥、灰屋、無代。この異形たちが「皇帝」という名の三十パーセントに正面から衝突し、無惨に犬死にを遂げたなら。 ……その後には、空白の玉座が残される。 十パーセントの権能を持つ私に、王へと這い上がるチャンスが巡ってくるのではないか。
その卑俗な思考を、背後から迫る圧倒的な「熱」が焼き払った。
ドォォォォォォン!!
音速を越えた風圧。 生徒会館の長い廊下を、深紅の閃光が突き抜けてくる。
「……目障りよ。そこを退きなさい、塵芥ども!!」
エリザベート:暴走する生存者
視界が真っ赤に染まっている。 私、エリザベート・フォン・ローゼンバーグがこれほどまでに己を失い、激昂したことがあったかしら。
怒りは三層。
第一に、私の誇り高き学園を、生徒会室という核を残して完膚なきまでに破壊し尽くした、窓際の王たちの不遜に対して。 第二に、手駒として利用価値のあった者たちを、無慈悲に「清掃」という名の虐殺で失わせた不利益に対して。
そして第三に。 共に地獄を歩むべき唯一の対等な観測者、アレクセイの「醜態」に対して。
「協力して? 冗談じゃないわ、アレクセイ! この学園が滅びようとしているのよ!」 「……嫌だ。もう、雑巾は持ちたくないんだ……」
つい先刻の光景が脳裏をよぎる。 かつてのラスボス、絶対還元の王子アレクセイは、部屋の隅でガタガタと震えながら、一ミリのズレもなく床を磨き続けていた。 かつて田中に「掃除のいろは」を叩き込まれた際のトラウマ。 「角度が甘い」「汚れの意志を汲み取れ」という地獄の説教。 彼はあの男の「百パーセント」に魂を折られ、今やモップの毛先を見ただけで失禁しかねない、掃除恐怖症の廃人と化していた。
「あいつの……田中の影が……そこにいるんだ……! 僕はもう、叱られたくないんだよぉぉぉ!!」
泣きながらバケツを被る男に、共闘の望みなどない。 その情けなさが、私の怒りに油を注いだ。
激突:五パーセントの再定義
私は生徒会館の最深部、皇帝の居室を目前にして、三影の背中に追いついた。 立ち塞がる三つの背中。 それを見て、三影に膝を屈した「塵取り(サーヴァント)」が、卑屈な笑みを浮かべて私を指差した。
「……あァ? 何だ、ただの生き残りか。……よォ、五パーセントの雑魚。皇帝への謁見は、王たる彼らの特権だ。お前のような『捨て忘れられたゴミ』に、通る資格はねえよ」
五パーセント。 私の本来の数値である六パーセントを、恐怖で目減りしたと判断したのか、あるいは単なる嘲笑か。 だが、その言葉が私の最後の理性を断ち切った。
「……雑魚? 誰に向かって言っているのかしら」
私は扇子を閉じ、その先端を「塵取り」の喉元に突きつけた。
生存者バイアス(サバイバーズ・ロジック) 私の数値は、もはや六パーセントではない。 怒りという名の不純物が、生存本能というフィルターを突き抜け、私の理を強制的に書き換えている。
「生徒会長(皇帝)に直談判を申し受けるわ。……この無能な王たちと、彼らに飼われる犬を、今すぐこの場で『不燃ゴミ』として処理するためにね!!」
三影の一人、芥 蓮が、ゆっくりと首を巡らせた。 十一パーセント。十二パーセント。そして十六パーセント。 絶望の数値が、私の視界を圧迫する。
だが、私は退かない。 皇帝の聖域を前に、掃除屋と生存者、そして野心家が入り乱れる。




