第38話:断絶の境界線、あるいは「十パーセント」という神域
絶望の食物連鎖。 私は、血の海と化した廊下で、自分の指先が震えているのを感じた。
生存者バイアス。 私が今、こうして立っていられるのは、**「たまたま彼らが私を、まだ使える塵取りだと思っているから」**という、家畜としての延命に過ぎない。
この学園における「清浄度」の数値化。それは残酷なまでの才能と努力、そして運命の集積だ。一般生徒が持つ1%から、勇者たちの3%へ到達するだけでも、凡人には一生をかけた修行が必要となる。ましてや私の持つ6%は、数多の修羅場を越えた末にようやく辿り着いた、生存者の極北。
本来、この世界には「十パーセントの壁」と呼ばれる絶対的な断絶が存在する。
1
P = ――――――
10 ー n
(Pは必要とされる精神的負荷、nは現在の清浄度とする)
この理論式が示す通り、10%に近づくほど負荷は無限大へと発散する。10%とは、人間が人間として存在を許される限界値であり、それ以降はどれほど研鑽を積もうとも、一歩も進むことができない「停滞の神域」なのだ。
だが、私の目の前を歩く三つの影は、その理を嘲笑うかのように踏み越えていた。
芥 蓮……十三パーセント。 灰屋 省吾……十四パーセント。 無代 零三郎……十六パーセント。
彼らが一歩進むたびに、廊下の空間そのものが不純物として「剥離」されていく。彼らにとって10%という壁は、超えるべき障害ですらなく、ただの通過点に過ぎなかった。人間を辞め、概念的な「掃除用具」へとその存在を昇華させた異形。それが窓際の王たちの正体。
「……さて。次は生徒会館だ。……皇帝(三十パーセント)の首、磨きがいがありそうだね」
**芥 蓮**が、返り血一つ付いていない白いジャージの裾を払い、冷徹に告げる。 彼らの数値が1%上昇するたびに、この学園の生態系は指数関数的に崩壊していく。10%を超えた彼らにとって、弱者はもはや敵ですらない。己の理を研ぎ澄ますための「研磨剤」であり、使い捨ての資材だ。
だが。 私は、彼らの背中越しに、その先に広がる絶望を幻視していた。
三影が同族を喰らい、学園を地獄に変えて得た十六パーセント。 しかし、生徒会室の扉の向こうに鎮座する男は、不動のまま「三十パーセント」という、三影の合計値すら上回る質量を維持している。
(……これでもまだ。これほどまでになってもまだ……)
芥たちがどれほど「掃除」を極めようとも、あの奥に座る男は、そもそも世界が汚れることさえ許さない「統治」そのもの。 掃除屋がどれだけ束になろうと、管理者の足元にさえ及ばないという、この学園の冷徹な構造。
(……皇帝には、ほど遠い)
学園という名の揺り籠は、既に壊れた。 残されているのは、美しすぎるほどに冷酷な、巨大な処刑場。 彼らは自らを王だと信じ、最強の存在への挑戦権を得たつもりでいるが、その実、まだ皇帝の庭に侵入しただけの不法投棄物に過ぎないのだ。
三影はそれぞれの能力を、さらに歪な形へと拡張し始める。 皇帝の首を磨き落とし、自らが「三十」の座を奪うために。 あるいは、その先にいる百パーセントの特異点――田中の幻影に、一指し触れるために。
「行こうか。……この学園に、最後に残る不純物を片付けに」




