第37話:滅菌の庭、あるいは捕食される生態系
学園の時計塔が午後三時を告げる頃、そこにあったはずの「日常」は既に剥離されていた。 校庭に広がっていたのは、運動部の活気でも、恋人たちの語らいでもない。 ただ、整然と「分類」され、物言わぬ肉塊へと変えられた一パーセントの群れだった。
「……不要だね。この有機的なノイズは」
廊下を歩くX組の一人、**砥上**が、這いずり回る一般生徒を見下ろして呟く。 彼の右手には、一見どこにでもある「金属たわし」が握られている。
能力:超振動剥離 (接触した対象の『表面(角質、衣服、皮膚、そしてアイデンティティ)』を、超音波振動によって一分子ずつ削り落とす能力)
「ぎ、あああああッ!!」
砥上が軽く肩を叩いた瞬間、生徒の全身の皮膚が霧のように霧散し、血肉を晒した「純粋な生命体」へと作り替えられる。砥上にとってそれは、焦げ付いた鍋の底を磨くのと同等の、慈悲なき美化作業に過ぎない。
技術の差:能力という名の「道具」の解釈
X組の三十三名は、それぞれが清掃用具を起源とした独自の権能を持つ。 しかし、一般の異能者と彼らを分かつのは、その「使い方の洗礼」だ。
彼らにとって、能力とは「行使」するものではなく、「完遂」するための道具。 「汚れ(敵)」を落とすために、最も効率的で、最も残酷な「解釈」を瞬時に導き出す思考回路。
例えば、**洗井という少女。 彼女の持つ「高圧噴射」**は、単なる放水ではない。 彼女は「水」という概念に、「過去の不祥事」や「記憶のシミ」を溶かし込む溶剤としての性質を付与した。 彼女が水を浴びせれば、相手の記憶は物理的に洗浄され、脳漿は真っ白な泡となって耳から溢れ出す。
「……あーあ。三パーセントの勇者サマも、洗えばただの『空っぽな器』になっちゃった」
彼女の足元では、意識を失い、自分の名前さえ忘れたヒカルが、虚空を見つめて震えていた。
窓際の王たち:不条理の極北
だが、これらの惨状でさえ、窓際の三影による「作品」に比べれば、まだ手ぬるい余興でしかなかった。 彼らの出力を測定していたアレクセイが、震える指で眼鏡を直す。
「……逃げろ、エリザベート。あいつらは、能力の『拡張』なんてレベルにいない。……世界そのものを、自分たちの『清掃理論』に合わせて書き換えているんだ」
その瞬間、校舎の屋上に座る無代 零三郎が、十六パーセントの出力を解放した。
廃棄の排気 彼は、学園全体の「酸素」を吸い込んでいるのではない。 「存在して良いという許認可」そのものを、廃棄物として大気から吸い出している。
「……吸う(IN)から、吐く(OUT)へ。……因果の排気」
無代が溜息を吐く。 それだけで、防衛線を張っていたエリザベートの周囲の空間が、物理的に「薄く」なった。 六パーセントの生存本能が、生存するための「根拠」そのものを奪われ、窒息し始める。
さらに、芥 蓮が進み出る。十三パーセント。 彼は手に持った本をパラパラとめくりながら、視界に入る全ての生命体の「心拍数」を、「秒間のゴミ排出量」として定義し直した。
掃滅の掃除 「……一分間に六十回もゴミを出すなんて、不潔だね。……一回にまとめようか」
ドクン。 芥が指をパチンと鳴らす。 その瞬間、周囲の生徒たちの心臓が、一生分の拍動を一秒に凝縮して爆発させた。
絶望の食物連鎖
私は、血の海と化した廊下で、自分の指先が震えているのを感じた。 生存者バイアス。 私が今、こうして立っていられるのは、**「たまたま彼らが私を、まだ『使える塵取り』だと思っているから」**という、家畜としての延命に過ぎない。
「……さて。次は生徒会館だ。……皇帝(三十パーセント)の首、磨きがいがありそうだね」
芥が、返り血一つ付いていない白いジャージの裾を払い、冷徹に告げる。 X組の内部でも、弱者は強者の「研磨剤」として消費され、その出力は刻一刻と増大している。
学園という名の揺り籠は、既に壊れた。 残されているのは、美しすぎるほどに冷酷な、巨大な処刑場。 私たちは、掃除されるのを待つだけの、ただの「不純物」に成り下がったのだ。




