第35話:皇帝の聖域、あるいは絶対的序列の証明
生徒会副会長を「真空の檻」に閉じ込め、芥 蓮たちは不敵に笑っていた。 廊下に転がる「かつての権威」をゴミのように見下ろしながら、灰屋が鼻を鳴らす。
「生徒会……この程度か。会長も、結局は肥大化した自尊心だけの雑魚だろうね」
無代もそれに同調するように、無機質な視線を生徒会室の重厚な扉へ向ける。 だが、彼らに従う「塵取り」としての役割を与えられた私は、その瞬間に背筋を凍らせた。
(……違う。……逃げろ。今すぐに)
扉の奥から漏れ出す、音もない静寂。 それは田中に限りなく近い、鋭利に洗練された**「統治」**の波動。 私の本能が、心臓を直接握りつぶされたような錯覚を送り込んでくる。
扉が、静かに開いた。
そこに座っていたのは、ただ一人の少年。 生徒会長。 彼が顔を上げた瞬間、廊下の空気が物理的な質量を伴って凝縮された。 芥たち三人の余裕が、一瞬で霧散するのが分かった。彼らの肌が、生存本能によって粟立っている。
「……何か用かな。掃除が行き届きすぎて、廊下の温度が下がっているようだが」
会長の声が響く。それは命令ではない。ただの「事実」としての発言。 それだけで、十パーセントの権能を持つ三人の少年たちが、目に見えて委縮し始めた。 先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、彼らは猫背をさらに丸め、視線を床へと落とした。
「あ、いえ……その……。ちょっと、掃除の仕分けを……」
芥が、陰キャ特有のボソボソとした小声で、機嫌を伺うように呟いた。 無代と灰屋も、気まずそうに顔を背ける。 だが、彼らはただ怯えただけではなかった。彼らの指先が、絶望的な状況下で異能の**「解釈の拡張」**を始めていた。
「……あ、副会長の汚れ、取っておきますから。失礼します」
芥が指先を副会長に向ける。 本来、彼の能力は「不要物の排除」だ。だが、彼は「傷」や「欠損」を、人体における**「構造上の汚れ」**として再定義した。 死に体だった副会長の肉体から、ダメージという名の「不純物」が、目に見える粒子となって剥離されていく。
バシュゥゥゥ……ッ!!
一瞬。 副会長は傷が癒えるどころか、肌の艶までが新品同様、いや以前よりも「美しく」修復された状態で廊下に横たわった。 異能の粋を極めた、概念的な清掃。
「……用がないなら、帰ってくれ。ここはまだ、君たちの掃除場所ではない」
会長の冷徹な一言に、三人は「あ、はい……」「失礼します……」と、消え入りそうな声で頭を下げ、逃げるようにその場を去った。
廊下を歩く彼らの背中は、どこか痛々しかった。 「……今日は、低気圧のせいで本調子じゃなかったからな」 「そうそう。……あの部屋の照明、僕たちの目に優しくなかったし。……本気出す場所じゃない」 「……胃が痛かったんだ。……次は、もっと効率よく片付ける」
並べられる言い訳。自分たちに言い聞かせるような、虚勢の残響。 私は彼らの後ろを歩きながら、誰にも聞こえない声で、ぼそりと呟いた。
「……この人たちが『王』なら……あの方は『皇帝』だ……」
私の眼には、見えていた。 田中の「百」という頂を基準とした際、今、目の前を歩く三人の出力。
芥 蓮……十一パーセント。 灰屋 省吾……十二パーセント。 無代 零三郎……十五パーセント。
彼らは確かに、昨日よりも成長し、十パーセントの壁を越えている。 だが。
私は振り返り、閉ざされた生徒会室の扉を見つめる。 私の「生存者」としての直感、そして分析の瞳が、その奥に潜む怪物の数値を叩き出した。
(……三十パーセント)
絶望的なまでの質の差。 三人が束になっても、その半分にすら届かない。 あの男の背中の三割を継ぐ者が、この学園の頂点に座っている。




