第34話:掃下する意志、あるいは静かなる侵食
夜が明け、廊下に差し込む朝日は、かつてのような平穏を運んではこなかった。 一年X組の教室から廊下へと踏み出した三つの影。彼らが歩くたびに、床のタイルはその白さを増し、空気中の微細なチリさえもが恐怖に震えて霧散していく。
私は、彼らの数歩後ろを這うようにして従っていた。 十パーセントの権能を持つ私でさえ、彼らの背中から溢れ出す「絶対的な零」に触れれば、精神が凍結しそうになる。
「……まずは、機能不全の臓器から摘出しようか」
芥 蓮が、手にした古びた文庫本を閉じ、顔を上げた。その視線の先にあるのは、学園の最高意思決定機関。生徒会室だ。
「そうだね。……積み上がった書類も、肥大化した自尊心も、全ては等しく『ゴミ』に分類される」
無代 零三郎が、窓の外を流れる雲を眺めるように呟く。 彼らにとって、この学園の秩序や権力など、整理整頓を妨げる障害物でしかない。
廊下を突き進む彼らの前に、一人の男が立ちはだかった。 生徒会副会長、アイアン・ロジック。 彼の能力は、半径五メートル以内の物理法則を自身の「規律」で上書きする、強固な六パーセントの領域。
「止まれ、一年生。ここから先は生徒会の管轄だ。……許可なき通行は『汚れ』と見なす」
副会長が右手をかざす。空間が重圧によって歪み、廊下の壁に亀裂が走った。 だが、灰屋 省吾が鼻を鳴らした。ただ、それだけだった。
ドォォォォォォン!!
「……規格外だ。君の言う『規律』には、塵一つ掃き出す力も無い」
灰屋が一歩、足を踏み出す。 副会長が展開していた六パーセントの領域は、ガラス細工のように脆く砕け散った。十パーセント。いや、それを遥かに凌駕する「密度の暴力」が、空間そのものを再構築していく。
「なっ……!? 私の理が……物理的に『剥がされて』いるのか!?」
副会長は膝をつき、自身の肉体が「不要な肉の塊」として世界から拒絶され始める感覚に絶叫した。
「……掃滅の掃除」
芥 蓮が、静かにその名を口にする。 彼が指先で空をなぞると、副会長の周囲にあった「酸素」と「音」が、掃除機に吸い込まれるように一瞬で消失した。 真空の檻。そこにあるのは、絶対的な清潔と、死の静寂。
「次に行こう。……生徒会室には、まだ多くの『未分別物』が残っている」
無代が、副会長の横を通り過ぎる。 一瞥もくれない。 彼らにとって、学園のエリートも、勇者も、ただの片付けるべき対象に過ぎない。
私は、呼吸することさえ忘れてその光景を観測していた。 彼らが通った後の廊下は、鏡のように磨き上げられ、人の体温さえも感じさせない冷徹な聖域へと変貌している。
これが、彼らの意志。 理屈や正義などではない。ただ、汚れているから掃除をする。そのあまりにも純粋で残酷な「日常」が、学園の全てを塗り潰そうとしていた。
生徒会館の重厚な扉の前に、三つの影が立つ。 内側から漏れ出す、生徒会長の強大なオーラ。 だが、彼らはただ、不快なシミを見つけた時のような、淡々とした手つきでその扉に手をかけた。
「……お邪魔するよ。……クリーンアップの時間だ」




