第32話:深淵の最奥、窓際の捕食者たち
そこには、合意も前例も存在しなかった。 概念の歪みによって突如として定義された「一年X組」という特異点。隣に座る者の名すら知らぬ三十三名が、閉ざされた教室という檻の中に放り込まれた時、社会的動物が取る最初の行動は常に一つ。
垂直な階層の構築である。
「……目障りだな。格の違いを教えてやる」
沈黙を破ったのは、教壇付近に陣取った一軍の集団だった。 名門ノースライト公爵家を筆頭とする、貴族の子息たち。この世界の理において、血筋の純度はそのまま出力の強度を保証する。彼らが放つオーラは、学園の一般生徒が持つ一パーセントの壁を遥かに超え、三パーセントという勇者の領域にすら届こうとしていた。
彼らは、教室を支配するために動いた。 まずは「四軍」の排除。教室の隅、窓際の一番後ろで伏せ目がちに座る、陰気な三人の少年。
「おい、そこは俺の従者が座る場所だ。……どけよ、ゴミ」
貴族の少年が、傲慢にその一人の肩へ手を伸ばした、その刹那だった。
音が、消えた。
ドォォォォォォン……!
何が起きたのか。視覚情報が脳に到達する前に、結果だけが空間に刻まれる。 黄金の家紋を誇っていた貴族たちは、一歩も動けぬまま、まるで巨大なプレス機に押し潰されたかのように地面にめり込んでいた。
「……あ」
私は、その光景を入り口付近で見ていた。 私も、他の三十名も、ただ息を呑むことしかできない。 彼らは異能を使ったのではない。ただ「そこに座る」という事実を肯定するために、周囲の「不純物」を排除したに過ぎない。
彼らが放つ威圧感は、我々と同じ十パーセント。 だが、その質があまりにも異質だった。 田中の背中に宿る、あの絶対的な「粛清」の概念。その断片を、彼らは天性のごとく使いこなしている。
僕は、気づいてしまった。 この教室の王は、最初から決まっていたのだと。
窓際の三影。 一軍を地面のシミに変えた彼らが、一人ずつ、葬送の鐘を鳴らすように囁いた。
「……掃除の時間だ。汚れきったその魂ごと、消えていいよ」
静かに立ち上がった、冷徹な瞳の少年。 掃滅の掃除:芥 蓮。
「選別だ。……塵は塵へと。信じるべきは、己の無知のみ」
巨躯を揺らし、絶望を撒き散らす影。 塵埃の陣:灰屋 省吾。
「……廃棄は、完了した。君たちの居場所(座標)は、もうこの世界には無い」
最後の一人。窓の外、事象の地平を見つめたまま、虚無を語る少年。 廃棄の排気:無代 零三郎。
彼らの名は、韻を踏み、重なり、呪詛となって教室を満たしていく。
彼ら、窓際の三影。 彼らもまた、勇者ヒカルや公爵令嬢エリザベートと同じ、異世界からの「転生者」である。
しかし、決定的な違いがそこにはあった。 ヒカルたちが自らの欲望を叶えるためにこの世界に来たのだとすれば、彼らは違う。 彼らは前世において、既に「完成」されていた。 この世界の「掃除」という概念そのものを具現化するために、システムによって強制的にアップデートを施された、最強の執行人。最狂のバグ。




