第31話:不協和音の残響、あるいは「清掃」の予兆
校舎の三階、本来ならただの壁であるはずの場所に、その扉は突如として出現していた。 「一年X組」。 案内図にも名簿にも存在しないその教室から漏れ出す気配は、既存のどのクラスとも決定的に異なっていた。
「……解説してもらえるかしら。この吐き気を催すほどの、無機質な静謐を」
私は校舎の陰に身を潜め、隣に立つ眼鏡の男――かつてこの学園を混沌に陥れようとした初期の宿敵、アレクセイに問いかけた。
「エリザベート、君も皮膚で感じているはずだ。……これは、生物としての強さではない。管理システムとしての『純度』の差だ」
アレクセイは魔導計算機を弾きながら、冷徹にその数値を口にした。
この学園における「清浄度」の階層
一般生徒:1%(ノイズに流される有象無象)
勇者ヒカル、リュウガ、シオン:3%(異能に目覚めた変異体)
エリザベート・フォン・ローゼンバーグ:6%(過酷な環境を生き抜く生存者)
一年X組:10%(「あの男」の影を継ぐ掃除人)
田中:100%(この学園の絶対的な「特異点」)
「いいか、エリザベート。勇者の3%に対し、X組は10%。わずか7%の差だと思うか? 違う。これは指数関数的な断絶だ。あの最強の清掃員、田中の持つ力のわずか十分の一。それだけで、この世界の物理法則を『掃除』するには十分すぎる出力なんだよ」
接触:剥離される異能
「へっ、幽霊クラスかよ。面白そうじゃねえか、俺たちがアジトにしてやるぜ!」
空気を読まない声が響く。ヒカル、リュウガ、シオンの三人が、X組の扉に手をかけた。 その瞬間、扉が音もなく開き、一人の生徒が姿を現した。 白いジャージ。無機質な瞳。手には一本の「粘着カーペットクリーナー(コロコロ)」を携えている。
「……侵入者。美観を損なう『ノイズ』と判定。剥離を開始する」
「やってやるぜ! シオン、色彩で座標を奪え!」
シオンが能力を起動した。
色彩の叛逆 視界内のあらゆる「白」を漆黒へ。相手の白いジャージを闇に溶かし、存在を消失させる――はずだった。
「……色彩のバグ。吸着・除去」
X組の生徒がコロコロを空中で一振りした。 ただそれだけの動作。だが、シオンが反転させた「黒」が、物理的に空間から「剥がし取られた」。反転した色彩が粘着面に吸い取られ、ジャージは瞬時に元の白へと強制復元される。
「なっ……!? 私の能力が、物理的に剥がされた!?」
「次は俺だ! 立て、情報の断片たちよ!」
リュウガが能力を全開にする。
垂直の矜持 床に散らばった無数のクリップを垂直に起立させ、相手の足を貫こうとする。だが、X組の生徒が床を一歩踏みしめる。その衝撃波が「垂直の意志」を物理的に踏みにじった。
「……微細な突起。平滑化の対象」
コロコロが床を滑る。リュウガが操るクリップは、吸い込まれるように粘着面に貼り付き、ただの「廃棄物」として処理された。
勇者の敗北と、生存者の予感
「わ、分かってますよ! 生乾きになれぇぇ!!」
ヒカルが、相手の衣服に触れる。
生乾きの洗礼 勇者が放つ、最も不快な湿度。しかし、相手の手がヒカルの胸元を軽く叩いた。埃を払うような、あまりにも日常的な動作。
「……不衛生な湿度。絶対乾燥プロセスに移行」
ヒカルの放った湿気が、一瞬で「消滅」した。 3%の出力による「湿らせる」異能など、10%の「乾かす」権能の前では、砂漠に水を一滴垂らす程度の無意味な抵抗に過ぎなかった。
「……あーあ。無惨ね」
私は、フェンスの陰でその惨状を見ていた。 勇者たちが束になっても、相手のコロコロ一つに翻弄されている。
「……逃げるわよ、アレクセイ。ここはもう、私たちの知る学園じゃない」
私は踵を返した。
生存者バイアス 私が今、こうして無傷でいられるのは、**「たまたま私が今、あいつらのように無策に突っ込まなかったから」**という結果論に過ぎない。
背後からは、ヒカルたちの「うわぁぁぁ! 吸い取られるぅぅ!」という情けない悲鳴と、規則的なコロコロの回転音だけが響いていた。
聖域粛清編。 「あの男」の影を継ぐ者たちの出現により、学園の序列は完全に崩壊した。 私たちは今、かつてない清潔で残酷な「地獄」の入り口に立っている。




