第29話:遺棄された因果、あるいは生存の境界線
放課後の校庭裏、焼却炉へと続く道は、学園のあらゆる「不要物」が流れ着く終着駅だ。私は火ばさみを手に、吐き捨てるように溜息をついた。このローゼンバーグ家の令嬢である私が、なぜドブネズミのようにゴミを漁らねばならないのか。
答えは簡単よ。この学園では「掃除」こそが唯一の法であり、清掃員・田中はその絶対的な執行官だから。
「……また、あの奇妙な三人組が何かを始めているわね」
私の視線の先では、転校生のヒカルと、その「悪の組織」を自称するリュウガとシオンが、ゴミの山を囲んで何やら深刻な議論を交わしていた。
彼らの目の前には、不気味な物体が鎮座している。 それは、数千本の折れた鉛筆と、使い古された消しゴムのカスが、不可解な幾何学模様を描いて凝固した**「遺棄された思考の残骸」**。学園の生徒たちの「忘れたい記憶」が物理的な質量を持ったかのような、異形のゴミだ。
第1層:観測と分析
「リュウガさん、これ……ただのゴミじゃない。中から微かな『拍動』が聞こえます」
ヒカルが、その物体に恐る恐る手を伸ばす。
「フン、学園が捨て去った『不条理の澱』か。面白い、我々が再利用してやる」
リュウガが不敵に笑う。彼らもまた、この魔境に適応し始めている。 しかし、そのゴミの山が突如として震動し、巨大な腕のような形状を形成した。焼却炉の番人が捨て損ねた**「分別の拒絶体」**。それは、正しく処理されなかったゴミたちの、法への反逆だ。
「排除しなさい。……私の静寂を邪魔するものは、全て」
私は一歩下がり、状況を静観することにした。私の能力は、戦うためのものではない。ただ、**「生き残る」**ためのものだから。
第2層:異能の飽和攻撃
「散れ! ……シオン、色彩で奴のコアを暴き出せ!」
リュウガの号令と共に、シオンが扇子を翻す。
色彩の叛逆 彼女が捉えたのは、ゴミの塊の表面を覆う「鉛筆の黒」。
色彩が反転する。 漆黒の塊は、目に刺さるような**「眩い純白」**へと塗り替えられた。それによって、塊の内部に潜んでいた、まだ色の付いていない「芯」の部分が影として浮き彫りになる。
「そこね。……不純物の座標、特定したわ」
「よし! ヒカル、奴の結合部を狙え!」
「了解! ……生乾きの地獄に堕ちろ!」
ヒカルが、反転した白い塊の根元に触れる。
生乾きの洗礼 能力発動。 ゴミの塊を繋ぎ止めていた、わずかな湿気が操作される。 それは乾燥による風化も許さず、完全な液体にもならない。「使い古された雑巾から滴る、最も不快で粘着質な生乾きの水分」。 その不快な湿り気が、鉛筆の木材と消しゴムのカスを、ヌルヌルとした不気味な結合状態へと変質させた。
「ギギギ……ッ! 粘リ……気ガ……!!」
ゴミの巨人がバランスを崩す。 そこに、リュウガが足元に落ちていた**「折れたシャーペンの芯(全長0.5センチ)」**に意識を集中させる。
垂直の矜持 能力発動。 地面に散らばった数万本のシャーペンの芯が、重力を無視して一斉に垂直起立した。 シオンの色彩操作で「空の色」にカモフラージュされ、ヒカルの能力で「生乾きの粘液」を纏った、極小のニードル・マット。
「立て。……不法投棄の報いを受けろ」
ズボボボボボボッ!!
巨人の足元に、無数の黒い刺青のような穴が開く。 ただの芯ではない。垂直に固定されたそれは、巨人の自重によって深々とその身を貫き、内側から構造を破壊していく。
第3層:生存者の論理
ゴミの巨人が崩壊し、四方に残骸が飛び散る。 本来なら、その破片の一粒が私の額を撃ち抜いていただろう。あるいは、ヒカルの生乾きの粘液が私のドレスを汚していただいたはずだ。
しかし、現実はそうはならない。
生存者バイアス 私の頭上に落ちてきた巨大な鉄パイプは、**「たまたま強風が吹いた」ことで軌道を変え、隣の壁を粉砕した。 足元に飛んできた生乾きの泥は、「たまたま私が躓いて体勢を崩した」**ことで、数ミリの差で空を切った。
「……ふぅ。危なかったわ。運がいいわね、私は」
私は汚れ一つないドレスの裾を払い、再び火ばさみを構えた。
終結:清掃の真理
「あー、お前ら。……ゴミと遊ぶのはいいけどな」
背後から、影が伸びる。 田中が、古びた**「竹箒」**を一本持って立っていた。
「そのゴミ、10年前の『紛失物』だわ。……探し回ってたんだけどな」
田中は無表情で、竹箒を軽く一振りした。 それは異能ですらない。ただ、50年間、毎日同じ動作を繰り返してきた者だけが到達できる、**「空間を掃き清める」**という概念。
サッ。
一振り。 シオンの色彩操作も、ヒカルの生乾きの粘りも、リュウガの垂直固定も。 田中の箒が描いた空気の渦に飲み込まれ、ゴミの巨人の残骸と共に、一瞬で**「指定のゴミ袋(大)」**の中へと収束した。
「……えっ?」
ヒカルたちが絶句する。 彼らが死力を尽くして戦った異形が、ただの「日常の清掃」として処理されたのだ。
「中身、見ようとすんな。……田舎の母親からの手紙とか、恥ずかしいテストの点数とか、そういう『捨てきれない過去』が混ざってんだからな」
田中は、ゴミ袋の口を鮮やかな手つきで縛った。 その瞬間、彼の目に宿った一瞬の哀愁。 それは、彼自身もかつて、何かをこの学園のゴミとして捨て去ったことがあるのではないかと思わせる、深い淵のような光だった。
「……さっさと運べ。腰を痛める前に終わらせるぞ」
私たちは、何も言えずにその背中に従った。 異能の果てに待っているのは、いつもこの男の、圧倒的な「生活」という名の暴力なのだ。




