第28話:静寂なる書庫、知識の墓標に踊る影
図書室。そこは数千の思考が紙の檻に閉じ込められた、知の集積所である。 グレ隊が次に目をつけたのは、この静寂の聖域の再構築であった。
「……見ろ。背表紙の並びが、管理者の意図通りに整列している。反吐が出るぜ」
リュウガが、整理された書棚を忌々しげに睨む。 彼らの計画は、図書室の全蔵書を独自の論理で並び替え、一度足を踏み入れた者の精神を迷走させる認識の迷宮を作り上げることだ。
しかし、その書棚の陰から、冷ややかな視線が突き刺さった。
「……あら。随分と楽しそうなことをしているわね。私の平穏を乱すつもり?」
そこに立っていたのは、扇子を優雅に弄ぶエリザベートであった。 その横には、修復用の糊とピンセットを構え、異様な集中力でボロボロの古書を修復しているアレクセイの姿もある。
「エリザベート様。……それに、元ラスボスの王子か」
ヒカルが身構える。 既存のキャラクターたちは、この学園の異常性に適応しきった先住の怪物たちだ。 彼らが持つ能力もまた、グレ隊のそれと同様に、理不尽で、かつ限定的な深淵を抱えている。
第1層:復元という名の攻撃
「君たちの『整理』は、資源の無駄遣いだ」
アレクセイが、眼鏡を光らせて告げた。 彼の手が空中に数式を描く。
能力:絶対還元 (対象を、その物体が最も『美しかった状態(あるいは原材料の状態)』に強制的に修復、もしくは還元する能力)
「君たちが並び替えた本は、私が全て**『製本直後の状態』**に戻す。インクの滲み一つ、ページの折れ一つない状態にな。……それは、読み手にとっての思い出すら消去することを意味する」
アレクセイが手を振るうと、リュウガたちが手にした本が、凄まじい勢いで「修復」され始めた。 手垢が消え、書き込みが消え、さらにはリュウガが付けた指紋さえも「汚れ」として排除される。
「くっ……! 本の歴史そのものを消してやがるのか!」
第2層:限定能力によるカウンター
「フン……。修復がなんだ。……シオン、色彩で座標を狂わせろ!」
「ええ。……知識の色を、塗り替えてあげるわ」
シオンが能力を起動する。
色彩の叛逆 彼女が捉えたのは、アレクセイが修復した**「真っ白な背表紙」**の群れ。
色彩が反転する。 純白の背表紙は、視神経を刺すような**「深淵の黒」へと変わり、図書室全体の照明の反射率を操作した。 黒い棚に、黒い本。 アレクセイの「完璧な修復」が、シオンの色彩操作によって、逆に「何も見えない闇の壁」**へと変換されたのだ。
「これならどうだ! 完璧すぎて、もはや存在しないも同然だぜ!」
「……次は俺だ! 立て、情報の断片(栞)たちよ!」
リュウガが、本の間からこぼれ落ちた**「無数の栞(全長4.5センチ)」**に意識を集中させる。
垂直の矜持 能力発動。 床に散らばった栞、図書カードの切れ端が、重力を無視して一斉に垂直起立した。 暗闇の中、足元に設置された薄く鋭い紙のスパイク。
「さらにダメ押しだ! 湿れ! そしてカビろ!」
ヒカルが、書棚の隙間の空気に触れる。
生乾きの洗礼 能力により、図書室内の湿度が**「最も古書にダメージを与え、かつ人間に不快感を与える生乾きの湿度」**に固定された。 暗闇、足元の針、そして立ち込める古書の生乾き臭。 精神的な迷宮が完成しつつあった。
第3層:生存者バイアスの不条理
「……面倒な小細工ね。でも、私には当たらないわ」
エリザベートが、暗闇の中を平然と歩き出した。
能力:生存者バイアス(サバイバーズ・ロジック) (絶体絶命の状況において、自身にとって都合の良い『生存ルート』のみが、確率を無視して現実となる能力)
パシッ。
「……えっ?」
ヒカルが驚愕する。 エリザベートは、リュウガが立てた栞のスパイクを、**「偶然靴の溝に挟まることで無効化」し、シオンの色彩操作による暗闇の中でも、「たまたま落ちていたペンライトが点灯」したことで視界を確保した。 さらに、ヒカルの生乾き臭も、彼女が「たまたま持っていた最高級の香水」**が瓶ごと割れたことで相殺された。
「な……! 何なんだあの女は!? 俺たちの連携が、全部『たまたま』で無効化される!」
「……運も実力のうち。いいえ、生き残った者が正義なのよ」
エリザベートが、チェーンソーのスイッチを入れる。 彼女の能力は「戦うためのもの」ではない。ただ、「生き残るために世界を修正する」ための暴力だ。
終結:絶対的な静寂
「あー、お前ら。……静かにしろって言わなかったか?」
図書室の入り口に、巨大な**バキュームクリーナー(業務用)**を抱えた田中が立っていた。
「修復だの迷宮だの知らんけどな。……この部屋の埃は、全部吸い取るって決めてんだわ」
田中は無表情で、掃除機のスイッチを入れた。
ゴォォォォォォォォン!!!!!
凄まじい吸引力。 リュウガが立てた栞も、アレクセイが修復した本も、シオンが反転させた色彩(の媒体となる埃)も、ヒカルが作った湿気た空気も。 「物理的に吸い込む」という単純な作業の前では、全ての異能が等しく「ゴミ」として処理された。
「……あ」
「一気にやるぞ。……明日の開館までに、棚のアルファベット順を元に戻しとけ。一冊でもズレてたら、お前らの会員証、シュレッダーにかけるからな」
田中の放つ圧倒的な**「管理者の正論」**。 既存キャラクターの理不尽さと、田中の絶対的な労働。 グレ隊は、自分たちがまだこの学園の「底辺」であることを、改めて思い知らされるのであった。




