第26話:境界線の消失、蒼天に描く迷宮の檻
屋上のフェンス。それは外界と学園を隔てる境界線であり、管理の象徴である。 放課後の強い日差しを浴びて、錆びついた鉄格子が影を落としていた。
「いいか、これより我々は『空の剥奪』を行う」
リュウガが、足元に置かれた大量のペンキ缶を見下ろして不敵に笑う。 ヒカルは、支給された新品の刷毛を握りしめた。
「空を剥奪……。つまり、フェンスを塗り替えて、景色を台無しにするんですね!」
「フフ……。ただ塗り替えるだけじゃないわ。この空の青を、私たちの『色彩』で汚染するのよ」
シオンが扇子を広げ、優雅に宣言した。 彼らは奉仕活動という名目でフェンスの塗装を命じられていたが、その実態は、景観をハッキングする「視覚テロ」の準備であった。
そこに、一人の男が現れた。 全身を銀色の防護服で包んだ、学園美化委員会の特攻隊長、シルバー・コート。 彼の手には、プロ仕様の塗装スプレーガンが握られている。
「……規律を乱す塗装は許さない。このフェンスは、一点の曇りもないグレーに染め上げる」
シルバー・コートがスプレーガンを構える。 彼の能力は強力だった。
能力:均一なる銀界 (対象を瞬時に完璧な厚さの塗膜で覆い、あらゆる凸凹を消し去る能力)
「チッ、職人気質の管理者が来たか。……野郎ども、迎え撃て!」
限定能力の多重展開
シルバー・コートがスプレーを放射した。 超高圧で噴射された銀色の塗料が、弾丸となって三人を襲う。
「無駄よ。……世界は私が『反転』させる」
シオンが能力を発動した。
色彩の叛逆 彼女が捉えたのは、飛来する**「銀色の塗料」**の飛沫。
一瞬にして、銀色のペンキが補色である**「鈍い茶色」**へと反転した。 さらに、彼女は背後の空の色を、一時的にその茶色の補色へと調整する。 視覚的な情報が乱れ、シルバー・コートは自分の放った塗料がどこに飛んでいるのか、距離感を見失った。
「ぐっ、色が……混ざる!? 照準が定まらん!」
「今だヒカル! 奴の武装を『不快』にしろ!」
「了解! ……俺の執念を味わえ!」
ヒカルが、シルバー・コートの足元にこぼれたペンキに触れる。
生乾きの洗礼 能力により、シルバー・コートの足元とスプレーガンのノズル部分の水分量が、絶妙に調整された。 それは、乾燥するでもなく、液体でもない。 **「生乾きの木工用ボンドが手についた時のような、最高に不快なベタつき」**へと変質したのだ。
「な、なんだこの感触は!? スプレーが詰まる! それに、手が……手がネチャネチャして気持ち悪い!!」
精神的な不快感が、シルバー・コートの集中力を削ぐ。 さらにヒカルは、ペンキの臭いを「生乾きの洗濯物」の臭いへと変換し、嗅覚をも攻め立てる。
「仕上げだ。……立て、我らが反逆の尖兵たちよ!」
リュウガが、ポケットから取り出した**「塗装用養生テープの切れ端(4センチ)」**をばら撒いた。
垂直の矜持 能力発動。 床に散らばった無数のテープの切れ端が、一斉に垂直に起立した。 それらはシオンの色彩操作で「空の色」に偽装されており、ヒカルの能力で「ベタベタの生乾き」状態になっている。
「うわぁぁぁ!? 何を踏んだ!? 剥がれない! 垂直に立ったテープが靴底に吸い付いて、歩くたびにベチャベチャ音がする!!」
シルバー・コートは、足元を執拗に攻める「粘着質な垂直地獄」に翻弄され、ついに体勢を崩した。
「喰らえ! ……『迷宮の檻』!!」
リュウガが、垂直に立てたハケを剣のように振るう。 色彩を反転させ、生乾きでベタつかせ、垂直に立てた小道具を組み合わせた視覚トラップ。 シルバー・コートは、自分がどこを塗っているのか、どこに立っているのかも分からなくなり、最後は自分の放った銀色のペンキの沼に滑り込んでリタイアした。
洗浄の暴力
「フッ……。我々の『芸術』が勝利したな」
リュウガが、滅茶苦茶な色に染まったフェンスを眺めて満足げに頷く。 しかし、その背後から聞き慣れた足音が近づいてきた。
「あー、お前ら。……派手に散らかしたな」
田中が、超大型の業務用ケルヒャー(高圧洗浄機)を肩に担いで現れた。
「色彩の反転? 生乾きのベタつき? ……そんなもん、この15メガパスカルの水圧の前では無意味なんだわ」
田中は無表情で、トリガーを引いた。 ドォォォォォォン!! 凄まじい水圧がフェンスを直撃する。 シオンが反転させた色も、ヒカルが調整した生乾きの粘りも、リュウガが立てた小細工も、全てが物理的な暴力によって消し飛ばされた。
「……あ」
「一気にやるぞ。……フェンスの錆まで落として、明日もう一回最初から塗り直しな」




