第八話 もしかしたら夢かもしれない
その日、村では盛大な祭りが催された。広場に急遽用意された鉄板による焼肉祭りだ。食材はもちろん、鮮度抜群で村にやってきたマッドマッドボア達である。村には幾らか被害がでたが、死傷者も重傷者もでなかった。そんな幸運を祝う為に祭りは夜遅くまで続いたのだった。
「・・・・・・んっ、・・・・・・便所。」
夜中、尿意で目を覚ました。ハンモックから落ちない様に慎重に降りる。ここは兄弟のジャンク屋だ。普段から泊まる事が多いのでこの家には自分の寝床が設置されている。第二の我が家の様なものだ。三つ並んで吊るされたハンモック。これも子供の頃の憧れだ。慣れれば寝れないことも無いのだがベッドの方が快適ではある。一つにはジグリスが気持ち良さそうに眠っていたのだが、もう一つにはアリエスの姿が見当たらない。
「音がするな。」
作業場の方から何か音が聴こえる。大きな音が鳴らない様に抑えた作業音だ。床を軋ませぬよう静かに向かう。
「寝ないのか?」
「おわっ!?なんだベリルか。びっくりしたぁ。起こしちゃった?」
作業場ではアリエスが静かに未完成のバイクを整備していた。外観は殆どが組み上げられている。三人で一緒に作ってきた力作だ。
「いや便所で起きただけだ。しかし、へぇ〜、殆ど完成に近いんじゃないのか?」
「まぁ殆ど、ね。部品が今回の遺跡で見つかってれば動くところまで仕上げられたんだけど。ほらここ。」
しかしどうにも作り出せない部品というものが存在する。そういった部品は遺跡を漁って代替品を見つけたりしなければならない。動く様になるまであと一歩といった進捗なのだが、その一歩が未だに達成出来ずにいた。
「んー?この部分は・・・ちょっと待てよアリエス。役立つかと思って持ってきたんだけどよぉ。ほらこれ。」
足りない部品が嵌まるであろう場所を眺めながら、周囲の部品がどういった役割を担っているかを整理していく。以前は理解出来ない部品がいくつかあったものだが、体を休めている間に勉強した事が役立ってくれて全て理解出来る様になっていた。であるならば、部屋で見つけた部品は足りない役割を充分に担える筈である。自分の荷物から手の平程の部品を取り出してアリエスに見せてみた。
「どれどれ・・・・・・これどこから持ってきたのさ?」
「自分の部屋。休んでるついでに爺ちゃんから機械イジリについて色々と教えて貰ってたんだよ。そんで部屋に転がってる部品を見直してたら見つけた。」
「・・・探すべきは遺跡じゃなくてベリルの部屋だったか。ま、それはいいとしてこの部品は正に探してた物だよ。」
「よっしゃ!だと思ってたんだよ。早速取り付けようぜ?」
「じゃあ準備しておくからトイレ済ませてきなよ。」
「そうだった。すぐ戻るわ。」
尿意で目を覚ました事を忘れてしまっていた。そう思い出せば下腹部の膨張感が主張を再開し始める。ひんやりとした夜気に身震いしながらトイレへと急ぐのだった。
それからしばらくの間、アリエスと二人でバイクを組み立てたり調整をして過ごした。寝る事も忘れ、夢中になって作業に没頭した。そして遂にバイクは一先ず完成といった所まで組み上げる事が出来たのだった。
「これで終わり、っと。」
「ふぅ〜、良い感じになったじゃねぇか。」
「見た目はね。実際に動くかどうかは日が出てからかな。」
「だな。うるさくなると近所迷惑だ。」
「俺は起きてるけど、ベリルは朝まで寝る?」
「起きてる。どうせもう少ししたら夜明けだろ?」
「ならあのお茶でも淹れてくるよ。」
「お〜いいな。」
作業中はなんとも思わなかったのだが、終えて気が緩むと肌寒く感じ始めた。あの緑色の良いお茶を飲むには絶好のタイミングだった。
「さぁどうぞ。」
「おぅ。・・・はぁ、温けぇなぁ。このお茶好きだわ。」
キッチンテーブルに着席しアリエスが淹れたお茶で一息つく。味良し香り良し喉越し良しの素晴らしい一杯だ。次に行商人が来たら買うのも有りかもしれない。爺ちゃんが作るハーブティーにも負けないくらい美味いお茶だ。
「そういえばマッドマッドボアの親玉いたじゃん?」
「アイツな。一発でも喰らったらヤバかったな。」
「あのお腹の傷口。解体する時によく見てみたらけっこう深い傷でさ。しかも刃物に斬られたみたいな綺麗な切り口で。何かに襲われてパニックになって村に迷い込んだ可能性があるね。あんな傷をあたえられる生き物っていたっけ?」
「見たことはねぇなぁ。いやでも、あんだけデカいスティングプラントがいたんだから、身体が剣みたいになってる生き物がいても不思議では無い・・・のか?」
この荒野と砂漠にはまだ見ぬ生き物が生息していても驚く事では無い。スティングプラントの一件でそれがよく分かった。
「かもね。あ〜・・・あのさ。あ〜、えっと・・・」
「なんだ?」
「その〜・・・お茶のおかわりはいる?」
「今はいらないな。まだ残ってる。」
「そうだよね。はははっ、もう一杯淹れてくる。」
「どうしたんだ?お前が買ったんだろ?別に俺に断ってやる事じゃねぇだろうに。」
「いや、何でもない。うん、何でもない。」
なにか落ち着かない様子でアリエスがそんなことを言った。そもそもお茶はアリエスが買った物だ。好きに淹れればいいというのに。
お茶をもう一杯淹れてきてからもアリエスの様子はなんだか可笑しかった。眉間にシワを寄せて悩んだかと思えば目を見開いて真剣な顔になったり。コロコロと変わる表情は観察していて飽きなかった。
「あのさ「なぁ?
「っと、被っちまったな。先に話してくれよ。」
「あ〜、いや、大した話じゃないからベリルから話してよ。」
「そうか?さっきから落ち着きが無いみたいだからよ。悩み事かなんかがあるなら話してくれよ。」
「悩み事・・・うん、悩み事・・・ではあるかな。でもまだ話すには早いっていうか。あぁ!そう!ハキヌ先生がさ、村の子供達の健康診断が大変だって話してて。ベリルは子供って好き?」
「はぁ?子供?いやまぁ嫌いじゃねぇけど。大体、健康診断なんて子供にゃ退屈だろ。俺達だって散々手を焼かせたじゃねぇか。」
「そ、そうだったね。じゃなくて、いや違うくはないけど。ベリルはさ・・・気になってる人とかいないの?」
「子供の次は気になる人・・・?ってのはつまり恋愛的な話か?」
問いかけにアリエスはコクコクと頷く。言われてみれば自分も誰かと結ばれて子供を成すには丁度良い年齢になっていた。子供は好きだ。なんというか守ってやりたい気持ちになる。だが自分が子供を産むという未来がイマイチ想像出来ない。今は兄弟達と遺跡漁りをしているのが楽しい。それが正直な気持ちかもしれない。
「恋愛ってのがイマイチ分からない。今はお前達と馬鹿やってる方が楽しいな。」
「じゃあさ。」
と言ってテーブル越しに真っ直ぐにこちらを見据えるアリエス。いつもの朗らかな雰囲気とは違ってどこか真剣で空気がピンと張る。
「もし俺が・・・ベリルの事を
「うぉぉぉっ!!?誰だお前っ!どっから入った!?」
「おわっ!?なにガッ!ぐふぉぉ痛ぇ・・・。」
アリエスの言葉を遮るようにジグリスの叫びがあがった。突然の叫びに二人とも驚いて、アリエスは動きをピタリと止め自分は椅子から立ち上がろうとして膝を盛大にどこかへぶつけた。
「お前達か?この悪戯は。こんな夜中にどこの子供だこいつは?」
寝室の方からジグリスがやってきた。その小脇には子供が一人抱かれていた。白めの肌に首を隠すくらいの黒い髪。見覚えがある。どころの話ではない。この容姿は正しく
「小さい頃のベリル?」
「あぁ?そいつはどういう・・・うぉマジかよ!?」
アリエスの呟きに反応したジグリスが改めて抱えた子供の顔を見て再び驚いた。そして視線が自分と子供を往復する。
「姉妹か?いやまさか隠し子!?どうなんだベリル!?アリエスなにか知ってたか?」
「いいい、いや、俺も知らないって!」
「お前ら落ち着けよ。俺が一番混乱してんだからな?座って話を聞いてみようぜ?」
「あっ、あぁ。確かにな。アリエスすまんが茶を淹れてくれ。特別に苦くて渋いジガデ茶を。」
「うん。おっ、俺もジガデ茶飲もうかな。」
疑問しか湧いてこない。寝室にはキッチンを通らなければ入れない。という事は、この子供は先程まで談笑していた自分達に気付かれない様に侵入しなければならない。だが見過ごすなんて事の方が難しい位にキッチンの見通しは良い。それに寝室に窓はあるのだが荷物やガラクタで殆ど埋まっている。子供がどこからやって来たのかという謎が深まっていく。
そもそもの疑問は自分の幼い頃とそっくりな容姿だ。大体十代前半辺りだろうか。その年齢で、この小さな村で会った事が無いなんて奇跡的だ。椅子に座った不思議な存在に問いかけた。
「よし、お前、名前は?あと歳と性別は?」
「・・・無い。」
「そうかナイか。良い名前だな。」
「違う。そういった名前は付けられた事が無い。」
「は?・・・いやいやいや、無いなんて事は無いだろ。」
衝撃の告白に思考が止まりかける。ジグリスとアリエスも眉をしかめて動きを止める。
「貴女のDNA情報を元に再構築が完了した。」
「でぃーえ・・・なんて言った?」
「DNA。貴女達が卵と呼んでいた物。それは緊急時の自己保存状態になった形態。」
「卵ってあの宝石か?どっちか卵を見てきてくれ。」
「俺が行く。アリエスは座ってろ。」
「わかったよジグ兄ぃ。」
ジグリスが寝室に向かう。そこに隠していたらしい。すぐに戻って来たジグリスは納得していない表情で首を横に振った。
「確かに隠してた場所には無かった。煙みたいに消えてたよ。」
「なら卵は宝石なんかじゃなかったって話か?それで卵からこの子供が俺そっくりに産まれてきた?おいおい冗談じゃねぇぞ。」
完全に脳が理解出来る範囲を超えた状況だ。卵から産まれるのは鳥か爬虫類に決まっている。だというのに人間が産まれてしかも容姿を似せてくるとは。もしかしてこれは夢か?本当の自分はまだ重症で生死の境を彷徨っているのかと疑いたくなる。
「起きているのか!?悪いが入るぞ!あぁ、ベリル!ここだと思った!急いでこっちに来てくれて!」
そうして果てしない混乱に苛まれている最中、なんとも慌ただしい来客が訪れた。酷く焦った様子で入って来たのは門番のドニ。こんな夜更けに明かりをつけて家族会議とばかりに見知らぬ子供を囲んだ状況を見ても彼は気にしていない。それだけ慌てている様子だ。
「おぅ、わかった。とりあえず行ってくるわ。そいつのこと見ててくれ。」
そう兄弟達に言付けてジャンク屋を後にした。




