第七話 泥を纏いし者達
吊った紐が片方外れてしまって傾いた看板にはジャンク品と書かれている。店内に収まりきらずに建物の外にまで小山を作る鉄くず達。中から聞こえる機械イジリの音。久しぶりにこの場所へ帰ってきたという実感が湧いてくる。
「うぃ〜す。儲かってるか〜?」
そう言いながらジャンク屋に足を踏み入れる。するとすぐに店の奥からガチャガチャと、ドッタンバッタンと騒がしい音が響く。やがて静かに二人の男が姿を現す。
「うははっ、なんだよその面は。真っ黒じゃねぇか。」
「う〜るせぇやい。アリエスが急に手を離したからだ。」
「はぁ?ジグ兄ぃの手元が狂ったんでしょ?」
ジグリスとアリエス。二人の顔はゴーグルを着けていた目の周り以外が煤で真っ黒に染まっていた。何かの作業中に、急に訪問したものだから驚いて失敗してしまったらしい。
「そんなことよりだ。お前が元気そうで安心した。」
「そうだね。俺もジグ兄ぃも心配しててなんか上の空でさぁ。何やっててもミスばっかりだったよ。」
「いや、俺はミスしてなかったぞ?」
「い〜や、してたね。ネジのサイズ間違えてるのに入らないは流石にミスでしょ。」
「あれは・・・考え事をしててだな。まぁいいだろ。こうやってベリルが元気になったんだから。」
「そういう事にしとくよ。改めてベリルが無事で良かったよ。ほら、早く中に入って。良いお茶が手に入ったんだ。それに色々話さないといけないでしょ?」
「お前がコソコソと隠してたのはそれか。ほら来いよ。美味い茶が飲めるぞ。」
「ジグ兄ぃは一杯だけだからね?ベリルの為に買ったんだから。」
お互いを茶化し合いながら兄弟は中へと戻っていく。二人は顔に付いた煤を拭った布を丸めて投げ合っている。なんだか、やっと日常へと帰ってこれた気がして嬉しいというか安心した。特にジグリスに関しては怪我や後遺症の様なものが無さそうで良かった。それだけ異常に成長したスティングプラントとの遭遇は危険な事の連続だったからだ。兎にも角にも店の軒先に突っ立っていても始まらない。美味い茶とやらをご馳走になりに行こうではないか。
「おぉ〜・・・確かに美味いなこりゃ。香りも良いし、緑色なのにな。」
キッチンにあるテーブルに着いて、早速だされたお茶を賞味する。独特で芳醇な風味と苦味を感じたが、ここら辺の老人達が好んで飲むジガデ茶なんかよりも格段に飲みやすい。ジガデ茶はスティングプラントを加工して淹れたお茶なのだが緑色でとてつもなく苦い。体には良いらしいが舌が痺れたかと思うくらいに苦い。それと比べれば、同じ緑色なのに美味いと感じるこちらのお茶は一体何から作られているのだろうか。
「俺はジガデ茶の方が好きだな。」
「ジグ兄ぃは甘いのより苦いのとか辛いのが好きだもんね。ま、ベリルの口に合ったみたいで良かった。」
「ふぅ、落ち着いた。それじゃあ・・・そうだな、あの卵型の宝石が光った辺りからの話を教えてくれるか?そこから記憶がねぇ。」
最後に見たのは卵型の宝石から手が出てきて光っていた光景だ。それから何があって、あの凶暴なスティングプラントをどうにかして生還出来たのかが分からない。
「卵から手が出たのは覚えてるのか。簡潔に言うと・・・・・あの手が光を集めて凄いビームを出した。スティングプラントは体の半分くらいがビームで焼き尽くされて動かなくなった。それからは騒ぎを聞きつけて心配になったアリエスが来てくれて無事に脱出って流れだ。」
「あれはもう、本当に心臓に悪かった。二人は血塗れだったし、あんなにデカいスティングプラントが暴れたせいで地下は滅茶苦茶だったし。村に戻ってハキヌ先生に見てもらってから家まで送ったんだ。」
「ふむふむふむ、なるほどなるほ・・・ど?待て、ビームだと?」
「あぁ、ビームだ。しかも太っといやつ。」
「うぉぉぉ、マジか。そんなの絶対にカッコいいやつじゃねぇか。クソ、もうちょい起きれてたら見れたのに。良いなぁ、ビーム。」
「だよね!ジグ兄ぃだけ見れてズルいよ。」
「はははっ、実に良いビームだったぞ?こう、ズビャ〜っとな?」
ビームは浪漫である。狩りや防衛で使うのは一般的な光線を発射する光線銃だ。もちろん、この銃でも原生生物の金属質な表皮を焼き穿つ十分な威力がある。だが見たいのはピュンピュン飛ぶしょぼくれた光線では無い。過去に村に来た行商人が見せてくれた武器には遠く及ばないのだ。過去のそれはエネルギーを溜め一気に解放して照射する武器だった。その発射時の音といい熱量といい、子供だった自分達の心には浪漫として刻まれた。
「ま、ビームは置いておいて、だ。お前がゆっくり体調を戻してる間に、俺とアリエスで何回かあの遺跡に行ってきた。もちろん卵も回収してあるぞ。あの棒もな。持っていけよ?」
「おぉ、あのイカした棍棒か?けっこうしっくりきてたんだよな。ありがとな。」
あの遺跡で見つけた金属の棍棒。スティングプラントの注意を逸らす為に投げてしまっていたはずだ。握り心地も良くて気に入っていた。ジグリスが指した先には棚の上に置かれた金属の棍棒が置かれていた。
「意外と良い物が見つかってさ。依頼されてた動力コアも村長が支払ってくれたし。これ、ベリルの分。」
「あ〜、うん。」
「どうしたのさ?」
「いや、なんつーか。受け取っていいのかなって。今回は迷惑をかけただけだし。」
アリエスが硬貨の入った袋をテーブルに置いた。彼の言う通り、いつもの遺跡漁りでの成果よりも袋の膨らみが大きい。だがしかし、これを受け取ってもいいのだろうか?今回は色々と考えさせられる事が多かった。この成果に見合う様な仕事を成したか?この兄弟に対しておんぶに抱っこと甘えているだけなのでは?等々、いくつもの疑念が浮かんだ。
「そうか、お前も何かと悩み事が出来たんだな。なら今回だけは受け取ってくれ。成果はきっちり三等分にするって決めてただろ?これからの事はまた後で話し合えばいい。」
「そうそう。誰だってうまくいかない時はあるんだし。」
「ベリル、お前にはお前の人生がある。きっとそれについて悩むべき時が来たんだろう。答えは早く出さなくていいと思う。そういうもんはゆっくり考えればいい。そうすればある日突然にピンとくるさ。お前が出す答えを尊重するし応援だってする。な?アリエス。」
「当然だってジグ兄ぃ。」
「・・・・・・わかった。ありがとな。なんか、そう言って貰えてちょっと気が軽くなった。」
腕を組んで頷くジグリスとアリエス兄弟。我ながら良い友人がいたものだ。自分のやりたい事。自分の人生について。すぐには答えなんて出ないだろうけれど、真っ直ぐに自分を見つめ直す機会なのかもしれない。
「お〜い!いるかぁ!?大変なんだぁ!」
店の入口から誰かが叫んだ。声からしてかなり慌てている様子だ。
「どうかしたのか?」
突然の来客にジグリスが応対に向かった。その後ろをアリエスと一緒に着いていく。来客の正体はこのジャンク屋の近所に住むラファムという男だった。
「おぉ!ベリルもいたのか。怪我したって聞いてたけど元気そうじゃないか。」
「おぅラファムさん。奇跡的に元気だぜ。それより何が大変なんだ?」
「そうだった!マッドマッドボアの群れが村に入ってきたんだ!お前さん達は戦えるだろ?助けてくれ!俺は皆に家に立て籠もる様に行ってくる!」
そう言ってラファムは走り出した。老人や女子供には危険な相手だ。家の扉を閉めて立て籠もるのが最善策だろう。
「マッドマッドボアだぁ?狩りの時には相手する事もあるが村に入ってくるなんて珍しいな。二回目か?」
「そうだね。ちなみに一回目は・・・」
「あぁ、俺達がガキの頃だな。ジグリスがボアのケツ毛を引っこ抜いて怒らせたんだっけか?」
「ばぁ〜か、やらかしたのはお前だろベリル。選りにも選って群れのボスの牙に引っ掛かった腕輪を取ろうとしたからだ。このおてんば娘が。」
「たははっ・・・そうだっけぇ?んなことより村に入ったボアをぶちのめさないとな?な?ほら急いだ急いだ。」
記憶とは曖昧なものらしい。確かにジグリスが言う通りにそんなことをした記憶が蘇ってきた。銀の腕輪でいくつか宝石が付いていた。子供にとっては正に本物のお宝である。欲しくなるのは当然だ。
話がややこしくなる前に二人に準備を促した。兄弟達が使うのは、いつも狩りで使用している連射は出来ないが威力がある銃だ。今から戦うのはマッドマッドボア。泥まみれですぐに怒り狂う猪なのだが、奴らが身に纏う泥は乾燥するとびっくりするくらい硬くなる。威力の低い弾丸ではダメージにならないのだ。
「おぉ〜くっせぇ。何匹いんだ?」
村の中央にある広場。中央にある台座には村長の銅像が建っている。そこには数匹のマッドマッドボアが屯していた。独特な獣臭が鼻を突く。
「狩るだけ今夜の晩飯が豪勢になるぞ?」
「二人共、いっぱい狩れたら少しは料理を手伝ってよ?いつも俺が料理してるんだからさ。」
「あっ、当たり前だよなぁ?ジグリス。」
「もちろんよ。可愛い弟の為なら喜んで手伝うさ。んじゃ仕事といきますか。いつもの調子で頼んだぞベリル。」
「おぅ。任せとけ。」
「まったく、二人共調子良いんだからさ。」
アリエスは料理が上手い。そして俺やジグリスは料理が下手だ。しかし毎度毎度、いや毎日料理をしていては気が滅入るのも当然だ。後でジグリスと料理の手伝いについて相談しなければならないだろう。
そうしていつも通りの作戦を実行する。作戦は簡単だ。兄弟は離れた場所から銃を撃ち、俺は接近戦をしながら何かしらの武器でボアの身体に付着した泥を叩いて落としていく。正直、接近戦はかなり危険だ。奴らの身体は大きいし瞬発力もある。金属質な野太い牙に引っ掛けられたら容易く引き裂かれてしまう。だがしかし、自分には接近戦を方が性に合っていた。今までだってマッドマッドボアと対峙して怪我をした覚えは無い。なにより、今日の得物は一味違うのだ。そう、遺跡で拾ったイカした棍棒だ。
「ここだぁッ!!」
突進を素早く横に避け、がら空きの脇っ腹に棍棒を振るう。いつも使っていた鉄パイプなんかよりも格段に威力がある。握りやすい上にとても頑丈で、打ち込んだ衝撃が余すこと無く叩き込めている感覚だ。ボアの乾いた泥の鎧は成す術も無く剥がれ落ちていく。他の個体に追撃を貰う前に離れて様子を伺う。そこで銃声がズダンと響く。兄弟のどちらかが放った弾丸は泥鎧を失った個体の腹を食い破ったようで、ボアは苦しそうにガクガクと身体を震わせると口から泡を吹いて倒れた。
「よし、次!お前か?それともお前か?」
残りは二匹。転がっているボアの死体に注意しながら棍棒を向けて威嚇してやる。残されたボアの目は血走り、今にも飛び掛からんと蹄で地面を掻く。その時だ、村の入口方面からボア特有の大きな鳴き声が聞こえてきた。
「・・・噓だろ?」
鳴き声を聞いた付近のボア達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ去っていった。そして入口方面から大地を揺らす様な重い足音が近付いてきた。それは見上げる様な大きさになるまで生きた大猪だった。体毛は白く、それは群れのボスである証拠だ。本来生えている牙は一対なのだが、この個体には大小三対の牙が生えている。
「やるしかねぇよな。」
あの体格で泥を纏った突進をすれば家屋など一溜まりも無い。ここでどうにかして倒すか追い返すしかないだろう。
「そら、来いよ!」
足下から石を拾って顔めがけて投げつける。なにせ相手はすぐに怒り狂うマッドマッドボア。石がぶつかるとすぐに敵視しだす。牙で引き裂こうと頭を振りながらの突進を仕掛けてきた。
「ふぅ〜、危ねぇ。思ったよりも早いな。」
巨体に見合わない瞬発力だ。反応が間に合わなければ弾き飛ばされていただろう。すぐに体制を立て直して観察を続ける。かなりがっしりとした体躯だ。身体が大きければ纏える泥の量も増える。泥を落としてやらなければ銃弾が通る場所なんて目玉や口くらいだ。しかし動き回る相手の小さな弱点を狙い撃てる技量はあの兄弟二人には無い。どこか、突破口になりえる部位は・・・・・・
「ん?脇腹か?」
二度三度と襲いくる巨体を躱しながら観察を続けていると僅かだが動きに違和感を感じた。闘争心に任せた暴れっぷりではあるのだが、左の脇腹を庇う様な、どこか力が入り切らない様な様子だ。よくよく見れば左脇腹の泥は他の部位と違って乾いておらず湿った暗い色をしている。
「やってみるか・・・ほらよ!ここだッッ!!」
突進を転がる様に避ける。と同時に地面から砂を握る。ボアは突進後は必ず振り返る。そのタイミングで目潰しに砂を投げ付けてやった。顔にぶつけられた砂や小石を嫌がってボアは大きく顔を振って牙を振り回す。それは大きな隙である。懐に飛び込み、左脇腹に渾身の一撃を叩き込んだ。剥がれた泥の鎧の下には傷口があった。まだ治癒の痕跡も薄い傷口だ。激痛だったのかボアはもんどり打って暴れ始めた。
「手応えあり。ってか?うぉ!危ねぇ!おい!今だ!」
巻き込まれては敵わないのですぐに距離を取った。間髪入れず銃声が響く。一発、二発。三発四発と銃声が増えていく程にボアの足取りは重く鈍くなっていった。そうして、最後に雄叫びを上げると広場の中央にあった村長の像に突進していって終に沈黙したのだった。
「こんなデカブツは初めて狩ったな。よし、ちゃんと死んでるな。」
「良くやったなベリル。お手柄だ。」
「あんなのよく避けれたね。あははっ、村長の像が滅茶苦茶だ。」
仕留めたボアの様子を見に集まった。泥が剥がれた左脇腹には何発もの銃創が出来ており血がドクドクと溢れていた。そして最後に突進を浴びた村長の像だが、原型を留めていたのは頭部くらいなものだった。守銭奴の村長が嫌いな自分達にとってはざまあみろと言った感じだ。どうやらマッドマッドボア達の襲撃も片付いたらしく、村の方方から人々が集まり始めていた。これから被害の確認をしなければならない。本来の予定では本日中に帰宅する筈だったが、この惨状を見てそんな事は出来ない。村の皆には今まで何度も助けて貰っているからだ。幸いな事に家屋の被害は少なそうなのがせめてもね救いなのだろうか。




