第六話 村へ
「それじゃあ行ってくる。」
「待て待て。準備はちゃんとしてあるのか?」
「心配し過ぎだって。俺だっていつまでもガキじゃないし。」
「水と食べ物。頭から被る布に売り物の薬。それと〜、アレは持ったか?ほら、部屋で見つけた部品。」
「・・・あっ。いけね、忘れてた。ありがと爺ちゃん大好き。」
「まったく、20にもなってしっかりしないか。」
目を覚ましてから一週間が過ぎた。頭に知識を刻み込んだこの一週間は目まぐるしくも大変な毎日だった。しかし、それと同時に嬉しさも感じていた。きっと知識を学ぶ程に祖父へと近付いている様に思えたのだろう。機械と薬草に関しては学びが多かった。初歩的な薬を作れるようになった事と、機械の仕組みを学び直せた事は特にだ。今ならジグリスとアリエスの会話にもついていけるだろう。料理に関しては・・・まぁ、うん。ドルトーに無理をした笑顔で美味いと言われた時は泣きそうになった。むしろ泣けた。やはり料理は串に刺して焼くのが一番だ。シンプルイズベスト。鍋なんて使うものではない。
急いで部屋に戻って部品を鞄に入れる。バイクに使えそうな部品を部屋にある部品の山から見つけていたのだ。これもドルトーから教えてもらった知識のおかげでこの部品の有用性を理解できたからだ。
「じゃあ今度こそ。・・・っと、その前に。」
再び家の外に出て、家の前に広がっている空き地の隅にある一つの墓に向かう。一抱えほどの石が一つ置かれ、祖父が植えた花がその周りを囲んで彩っている小さなお墓。目を閉じてしばしの間黙祷を捧げる。外に出掛ける時にはこうして黙祷する。それが祖父から言いつけられている昔からの習慣だ。
「なぁ爺ちゃん。この墓に入ってる人についても知りたい。」
「そうだな。お前にも話す時が来たのかもしれんな。少し長い話になる。帰ってきたら話すとしよう。」
墓に誰が入っているのか。それを知らなかった。物心ついた時には既にあった。聞くには家が建った時からあるらしい。今までに何度も祖父に尋ねてきたのだがその度にはぐらかされ、いくら駄々をこねても墓に関してはしらを切られてきた。
「・・・わかった。それじゃ。」
「最近はカネクイワシが飛んでくる事も多い。気を付けてな。」
「なんか、物騒になってきたんだな。」
村の周辺は大型の生き物が少ない比較的に安全な地域だ。しかし近年、その生態分布も変わりつつあるらしい。デスメタルワームが潜むようになり、それを狙ってカネクイワシや大型のバジリスクトカゲモドキが徘徊している。幸いな事は大型の生き物はあまり人間を狙わない事なのだろうか。手を振りながら小さくなっていく祖父。その姿に何故か寂しさを覚えた。村から帰って来る時にはギャドバ酒を土産にしよう。きっとそれがいい。
祖父に手を振って家を後にした。家は岩山がいくつも並ぶ場所に隠れる様に建っている。長い年月をかけて風と砂が彫刻した天然の迷路みたいな場所だ。今なら地形を覚えて好きな場所に行く事ができるが、小さな頃はよく迷子になって泣いていた。祖父はそんな自分を難なく見つけ出して頭を撫でてくれた。手を引かれて帰る道で見上げた祖父の背中に安心感や嬉しさを感じたのを今でも思い出す。
「今日も暑いな。これを被ってから・・・と。」
岩山の迷路から出た辺りで頭から布を被り強い太陽光を遮る。それから指笛を吹いて合図を送った。その相手はすぐに現れる。砂塵を舞い散らせながら駆けてきたのは砂色の馬。
「よ〜しよし、久しぶりだなナナシ。はははっ、落ち着けって。ほら爺ちゃんの野菜だぞ〜。」
砂馬と呼ばれる砂漠や荒野の熱や乾燥に適応した馬である。このナナシと名付けた馬は、仔馬の頃に群れからはぐれた個体だった。ある程度までは家の前で飼育していたのだが、体が大きくなってからは岩山群の近くで自由にさせている。村に行く時は背中に乗せて貰っているのだ。頭の良い奴で、一週間近く顔を見せていなかったのを心配して顔を擦り付けてきている。なんとも可愛らしい奴である。野菜を食わせてやり体調を確認してから、背に乗って村へと出発したのだった。
「おぉ〜、ベリルじゃないか!久しぶりだな。大怪我したって聞いてたぞ?」
「よーっすドニさん。まぁなぁ。何とかなったさ。ナナシのこと頼んでいいか?」
「あぁいいぞ。いつも通りに餌と水をやっとくよ。」
小一時間かけて到着したのはナタジャ村。大きな巨岩が浸食によって天井の様にせり出した下にある村だ。村の周りを粘土や石で建てられた壁がぐるりと囲っている。入口には門があり、門番に声を掛けると笑顔で返してくれる。門番のドニは真面目な男で毎日の様に砂の地平線を見据えて立っている。ナナシが懐いている辺り、彼の人の良さは本物なのだろう。ナナシの背から降りて荷物を解く。ドニに門を開けて貰って手綱を引きながら村へと入った。手綱をドニに渡してからナナシの顔を撫でてやる。
「ありがとうな。ゆっくり休んでくれ。」
言葉を理解しているかは分からないが、ナナシはブルンと身を震わせてから気分良さそうにドニに引かれて行った。
「先ずは薬を届けなきゃな。」
粉末や丸薬は長持ちするのだが液体状の薬はそうもいかない。だからこうして定期的に届けるようにしているのだと祖父は言っていた。病気や怪我は時と場所を選んではくれない。備えるしか無いのだ。そうして村にある唯一の診療所へと向かっている最中のことだった。
「見慣れねぇ格好だな・・・」
村の一番奥にある村長の邸宅方面から見慣れ無い格好をした二人の男の人影が歩いてきていた。お洒落には疎い自分ではあるのだが、その奇抜な格好には嫌でも注目してしまった。まずこの地域に住んでいる人間では無い。砂嵐や日光を防ぐ革や荒い布が見当たらず、肌に貼り付く様な薄く黒いゴムや表面がテカテカとした滑らか布が使われた服を着ていた。一人は顔に入れ墨や銀色の装飾品を埋め込んでおり、もう一人は前面を覆うような仮面らしき物を着用している。そう、この感覚はあれに似ている。遺跡で見つかる遺物を眺めている様な感覚だ。用途や意図は分からずとも興味を惹かれる。村人も同じなのか遠巻きにジロジロと観察していた。
「・・・・・・っと。知らんぷりっと。」
不意に仮面の男が歩みを止めこちらに顔を向けてきた。なにか気に障ったのだろうか。仮面によって表情は隠され全く窺い知れない。知らぬふりをして歩くのだが視線は外れてくれない。しかし仮面の男が立ち止まった事に気づいた入れ墨の男が動くように促した。二、三言葉を交わしてから再び歩き出してくれた。
「・・・はぁ、何だったんだ?あいつらは。商人か?ならあの守銭奴の所から来たのも納得か。」
やっと歩き始めた異邦人達をちらりと見返す。もう自分に興味など無い様子だ。身なりが良いということは、つまり金持ちということだろう。彼らが歩いて来た方向には村長の家がある。村の中でも一際豪勢な屋敷だ。村長は金銀財宝に美術品や珍品に目が無い守銭奴である。そんな村長に商売をしにきた商人ということであるならば見知らぬ人間がいるというのも納得の話だ。
それから診療所へ行き薬を届けた。この村で唯一人の医者であるハキヌ先生と軽く世間話をしながら一息つかせて貰う。
「話はジグリス君に聞かせて貰ったが・・・ふむ、体調は問題なさそうだね。」
「そりゃあ爺ちゃんの料理をたらふく食ってたからな。」
「そりゃいい。愛は最高の薬だからね。」
ハキヌに軽い健康診断を受ける。彼は最初こそ心配していたが診断が進むと、やっと安心した様子だった。腹に穴が空いたなんて聞かされたら無理もない。
「そういえば薬の本ってここにあるのか?爺ちゃんがこっちにならあるかもって言ってたんだけど。」
「薬学のかい?まぁ一応あるけれど。」
「時間がある時に読んでみてもいいか?」
「興味が出たのかな?」
「興味・・・興味か?自分でもよく分からねぇや。ただ爺ちゃんがやってる事を知りたくなったって感じかな?」
「それは十分な理由になるよ。いくつか探しておくから後で来ると良い。しかしそうか、机の前に五分と座っていられなかったベリルがねぇ。これでドルトーさんも安心だろう。」
ハキヌは過去を振り返るように目を閉じるとしみじみと思い馳せる。ハキヌとドルトーは良き友人だ。歳も近く、自分にとっては親戚の伯父さんくらいの距離感である。
「んじゃ、また後で来る。」
「彼らの所だろう?なら伝えておいてくれないか?早く健康診断に来るように。じゃないと針が太い注射をする事になるってね。」
「ははっ、あいつららしいや。キツめに言っとく。」
もちろんジグリスとアリエスだ。遺跡漁りと機械イジリで忙しい彼らは長らく定期健診に来ていない様だ。
「今回は不問にするけど、ベリル。もちろん君もだよ?ドルトーさんに説教されたくないだろう?」
「あははっ・・・は〜い。」
そんな彼らと行動を共にしている自分も例外では無かったりする。祖父の説教。それは地獄を意味する。決して怒鳴ったりせずに諭してくる。最低でも二時間は正座の状態で。定期健診、それはとても大事な事かも知れない。これからは忘れないようにしようと誓った。




