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第四話 狂乱の艶花

 閉じていた蕾がゆっくりと解かれていく。蕾の時の葉の外側は取り込んだ金属の光沢や本来の緑色で地味なものだったが、開かれた花弁は予想を超える色であった。赤や黄色・・・どころでは無い。様々な色が主張する極彩色の艶花である。地下室の天井を覆わんと咲く大輪の悪魔は遂に真の姿を現した。鼻の奥、脳が痺れてしまうような甘く蠱惑的な匂いが充満していく。

 「ジグリス!逃げるぞッ!!」

 もう考えている余裕は無かった。陽動の為に手に持っていた動力コアが入っている袋を投げ捨てる。ジグリスや階段への逃走経路とは被らない場所に向けてだ。袋が床に落ち中の動力コアが散らばる音が響く。その音に反応したスティングプラントが数本の蔓を射出する様に突き伸ばす。

 「くっ・・・」

 「なにしてんだ!早く逃げろ!」

 今までに見たことも無い大きさのスティングプラント。活動状態になり花弁が開いた姿は言葉に出来ない程に圧巻であった。ジグリスはその存在感に圧倒されてしまい思わず後退りしてしまう。彼がスティングプラントへ向き直って後退りをするという事は、開けようとしていた卵の部屋に背を向けていた事になる。

 「キーカードの提示をお願いします。」

 意図せずジグリスの手が背後の壁に触れた時、無機質な女性の声がどこからか発せられた。背中を寒気が駆け上がりゾワリと鳥肌が立つ。正に最悪のタイミングだ。音に反応したスティングプラントが蔓を打ち出す。轟音が響くのだが、ジグリスは咄嗟にしゃがみ込む事で回避していた。だが立ち上がる事が出来ない。命の危険に腰を抜かしてしまったらしい。

 「ちっ、どうする?これなら・・・どうだッ!」

 投げて注意を引けそうな物がまだあった。上で拾った金属のイカした棒だ。悩む間もなく動力コアを投げた方向に放り投げると期待通りに金属質な音を出してスティングプラントの注意を引いてくれた。ここからは一秒足りとも無駄には出来ない。急いでジグリスに駆け寄って肩を貸す。

 「立てオラッ!?早く逃げるぞ!」

 「あぁ、クソッ!駄目だ!力が入らねぇ!ベリル、お前だけでも逃げろ!」

 「あぁん?馬鹿言ってんじゃねぇよ!見捨てられるか!」

 「俺に肩を貸してたらどっちも死ぬ!だったらお前だけでも逃げろ!行け!!」

 肩を貸して立たせようとしたのだが、自分の力では男性の一般的な体格であるジグリスですら困難なものだった。死を悟り陽動役を受け入れたジグリスは腕力だけでこちらを引き剥がして押し退ける。

 「アリエスを頼んだ。・・・おい!このクソ植物!こっちだ!かかってこいよ!俺はお前らスティングプラントを三十匹は串焼きにしてやったぞ!?味は最悪だったけどなぁ!そうさ、小便みたいな味だ!そうだ!こっちだ!やれよ!?やってみろよ!?」

 ジグリスが捨て身の煽り文句を垂れ流す。意味など理解していないであろうスティングプラントは発射して伸ばした蔓を縮めて次の準備をしている。あれだけ伸びていた蔓は驚く程に短く圧縮されていき、鋭く尖っていて返しの様な棘が無数に生えている先端が照準を合わせる様に小刻みに震えていた。次の瞬間、数本の圧縮されていた蔓が矢の様に打ち出された。

 「早く行けベリル!駄目だ!こっちに来るな!」

 「ぐっ・・・クソッ!!!」

 轟音を伴って大小様々な蔓が何度も叩きつけられ、破壊された床や天井の瓦礫が飛び散る。ジグリスを見捨てる事など出来る訳が無い。僅かな希望を握り締めて駆け出すしか選択肢はあり得なかった。

 「・・・・・・・・・?何がどうなった?」

 「賭けには勝ったみたいだな。」

 「ベリル・・・何で俺の上に・・・?」

 「鍵だ。この部屋ので合ってるか分かんなかったけどな。さっきお前が触ってた壁の所に押し付けたら開いてくれた。」

 卵の部屋の中、床に倒れたジグリスと押し倒す格好になった自分。ジグリスは状況を把握出来ずに混乱していた。そんな彼に手元のカードを見せる。

 「よく見つけたな。」

 「この部屋の鍵かは賭けだった。つーか、このカードを引っ張り出したせいで音を出しちまったからな。だからさ、俺がやらかしたせいでお前が死んじまうなんて事にならなくて良かった。悪かった・・・な。」

 「仮にお前のミスで死ぬ事になったとしても恨みはしない。それがアリエスでもな。俺にとっては皆家族だ。家族を助けられるなら喜んで死ねる。まぁ、今回は何とかなったけどな。この部屋は特に頑丈らしい。」

 入口側に大きなガラス張りの窓が一つとガラスの自動扉が一つ。しかしこのガラスは特別製らしい。野太く鋭いスティングプラントの蔓が何度もぶつかってきているのにヒビの一つも入らない。今はっきりしている事は、この部屋にいれば安全にスティングプラントをやり過ごせるという事だ。獲物の気配が消えればまた非活動的な状態に戻るに違いない。

 「よし、体も動きそうだ。退いてくれるか?お宝とご対面といこうぜ?」

 「そう・・・だな。あぁ・・・・・・いま・・・退く、から・・・」

 「なんだ急に。どうしたんだベリル?おい?ッ!!?お前!?」

 「悪ぃ・・・力、入ら・・・ねぇや。」

 「なに言って・・・噓だろ!?なんでお前が・・・あぁクソッ!何か・・・そうだ布で止血を!」

 ジグリスを部屋へ押し込んだ時、スティングプラントの細い蔓が右脇腹を貫いたのだった。返しの棘が引っ掛からずに抜けたのでジグリスと共に部屋と入ることができた。

 何故だが痛みは感じなかった。しかし右脇腹から温もりが流れ続けていた。手足の先から熱が去り、いつの間にか力が入らなくなってしまっている。思考さえもぼんやりと霞がかってきた。

 「動くぞ?いいな?今はこれしか無いか・・・足りるか?くそっ!どうすればいい・・・血が止まらねぇ!ベリル、少し我慢してくれ?そこにベッドみたいなのがある。」

 モゾモゾと下から這い出たジグリスは、動けないと俺を仰向けに横たわらせ服を捲り傷口を露出させる。そして鞄から予備の衣服を取り出して押し当てた。押し当てられた予備の衣服は瞬く間に赤く染まって血が滴る。なにせ傷口は貫通していて前と後ろに穴が空いてしまっているのだ。穴の空いた袋に水を貯める事は出来ない。確か・・・そんな事を爺ちゃんが言っていたっけか。

 部屋の中には人が横になるのに丁度いい滑らかな金属製の台と、卵型の宝石が置かれた棚があった。それ以外には何もない。ジグリスは自分の袖で台の上に積もった埃を拭い、俺をその上に慎重に横たわらせる。

 「どうすればいい?考えろ考えろ考えろ・・・・・・」

 「もう・・・いぃ。大丈・・・夫だから。もう、痛みも・・・・・・無い。」

 「待てよ!死なせてたまるか!絶対にどうにか出来る筈だ!ほら見てみろこの卵型の宝石を!俺達はこいつを売っ払って金持ちになるんだろ?ドルトーさんだって帰りを待ってるだろ?」

 「俺の血で・・・汚しちゃ駄目だろ・・・うが。はははっ・・・」

 血は止まらない。追い詰められたジグリスはウロウロと歩きながら頭を掻きむしる。傍らの卵型の宝石を抱えると触れられるように台まで持ってきた。しかし、せっかくの白くてキラキラとした宝石の表面には、ジグリスの手に付着した血液がべったりと付いてしまっていた。これだけ焦っているジグリスは初めて見る。そう考えるとなんだか可笑しく思えてきて笑ってしまう。

 「俺は・・・もう終わりだ。爺ちゃんには・・・ありがとうって・・・

 「まだ諦めるなって!あぁ、クソっ垂れな神様なんてもんがいるならベリルを助けてくれよ!なんだってしてやる!だから・・・だから!

 「システム起動します。被験者を確認。人類種亜種。性別(メス)。スキャン中・・・スキャン中。腹部の損傷を確認。回復処置に移ります。ナノマシンの残量低下。・・・・・・補充を確認。処置を開始します。」

 どこからか無機質な音声が聞こえた。すると天井に幾つもの穴が空き、中から何本もの機械の腕が現れる。腕の先端はそれぞれが変わった形状をしており、それらは一斉に穴の空いた腹部へと群がった。同時多発的に腹部に何かをされた。何かを刺された。何かを突っ込まれた。痛みや熱を感じることも無く、機械の腕が(はらわた)を引っ掻き回す物理的な感覚だけがあった。

 「おっ・・・おい、大丈夫なのかこれ?ベリル、生きてるよな?ベリル?」

 卵を抱いてオロオロとしているジグリスに向けて小さく頷いてやる。血を失い過ぎて意識がぼんやりとしているが、先程より幾分かはマシである。機械の腕によって何かされたからだろうか。

 「処置完了。血液の分析結果。因子適合率90%。続いて因子適合処置を行います。プロジェクト名 HIDE&SEEK。実行します。」

 機械の腕が一斉に天井へと引き上げていった。先程まで赤黒い血液を噴き出していた歪な傷口だったのだが、肌に付着していた血液は洗浄されており傷口は白い糸で縫われて肌が赤く変色してしまっている以外には特に問題無い様に見える。

 すると天井がまた開き、機械の腕が一本だけ下がってくる。先端には・・・あぁ、これは見覚えがある。太い針と青く光る液体が満たされたガラス容器。子供の時の恐怖の対象である注射器ではないか。確かに注射器ではあると言える。しかし針の太さは尋常ではない。もはや管なのでは?と言えるぐらいだ。それは真っ直ぐにヘソの上辺りに向かってきている。

 「注射器か?いや、サイズがヤバいだろこれ!?腹が塞がったならもう良いんだよな?ちっ、本当に昔の機械は訳が分からねぇ!今助けるぞ!なっ!?なんだとぉ!?おぃおぃおぃ!ぐぎぎぎぎっ!クソッ!無理だぁっ!?」

 流石にあの注射器は勘弁だとジグリスに首を横に振って見せる。彼が体に手をかけようとした瞬間、横たわっている台から瞬間的に何かが出てきた。そのひんやりとした何か、金属の様な物は手首や足首、首や体の各所をガッチリと拘束した。身動き一つ取れやしない。ジグリスが急いで拘束具を外しにかかるが歯が立たない。迫りくる特大の注射器。終いには注射器本体を止めようと手をかけたが止める事は出来なかった。

 「ッ!・・・・・・・・・?カハッ!グ"ゥ゙"ゥ゙"ゥ"ゥ"ゥ"ッ!?」

 無慈悲に注射器はヘソの上辺りに突き刺さった。針が刺さった痛みは感じなかったが、注射器の青く光る液体が体内へと注入されていく。その僅か数秒後、形容し難い苦しさが襲いかかってきた。これは痛みでは無い。平衡感覚が狂い酷い耳鳴りが強烈に響く。視界が、いや脳みそがグルグルと回り始める。心臓が馬鹿に大きな音で早鐘を打ち呼吸さえもしているのか分からない。あの青く光る液体が体内を拡がっていく程に肉や骨が捻れていく狂気的な感覚に襲われ、それから逃れる為に拘束された体を滅茶苦茶に暴れさせる。最後は脳がグツグツと沸騰し目玉も飛び出していったのかと錯覚する程だった。

 「ベッ・・・ベリル?お〜い・・・息はしてるな?」

 熱した金属を水にいれて冷ます様に。あの最悪な感覚はジワジワと消えていき、やがて静寂が帰ってきた。未だに体の感覚は曖昧で指一本さえも動かせない。あまりにも急激な肉体の反応についていけずに意識は途切れる寸前だ。

 「終わったのか?終わったんだよな?拘束も解かれたし・・・。うぉっ!なんの音・・・・・・マジかよ。」

 地震が起きたのかと思う様な大きな音と振動があった。ジグリスが部屋の外を覗くとそう呟く。窓の外には・・・天井から落ちてきたスティングプラントが器用に蔓を使ってこちらの部屋へと這いずる姿があった。巨体は直ぐに部屋へと肉薄すると窓に花の中央部分が押し付けられる。中央には植物と動物とを掛け合わせた様な、棘や牙だらけの巨大な口に似た器官が存在していた。気味の悪い黄色や緑色の粘液を撒き散らすその姿は

醜悪の一言だ。スティングプラントは蔓を使ってその巨体を持ち上げると、一気に蔓を弛緩させて窓へと体当たりを行う。何度も何度も行われる体当たりに、見たことも無いほど頑丈だった窓やドアの厚いガラスも次第に軋み始めていた。

 「どうやら逃がす気は無いらしい・・・か。ベリルは動けないし、抱えて走ってもあの量の蔓を越えていくのは難しいな。お〜い、聞こえてるか?ベリルを助けてくれたみたいに機械を出してどうにかしてくれ〜・・・って、はははっ、無理だよなぁ。」

 ジグリスは半ば諦めたような声で部屋へと呼びかける。だが反応は無い。スティングプラントの一撃毎に壁や床に亀裂が拡がり破片が剥がれ落ちてくる。もう何度かで突破を許すだろう。

 「こんな所で終わるとはな・・・。人生なんてのは上手くいかねぇや。ベリル、お前を遺跡漁りなんてもんに引き込んで悪かったな。こんなお宝に目が眩んでなけりゃ・・・なんて今さら後悔しても遅いか。知ってたか?アリエスはお前の

 蔓に貫かれるのか。あの地獄の様な口に放り込まれて噛み砕かれるのか。どう捕食されるかは知ったことでは無いのだが碌な死に様ではないだろう。遺体すら残らないかもしれない。そんな逃れようのない恐怖を前にして、ジグリスは卵を棚に戻してからこちらの手を握ってくれた。その温かさは冷えた体と心に小さく温もりを与えてくれたのだった。

 そしてジグリスがアリエスの事を口にしたその時、部屋を眩い光が照らした。その光の正体はまさかの卵型の宝石であった。光は次第に強まっていきパキリという軽い音をたてて卵が一部割れた。

 「子供の・・・手?」

 ジグリスがそう漏らす。卵型の宝石の内側から突き出されたのは光る子供の腕だった。指を閉じ手の平をスティングプラントに向けて静止する様に促す形だ。光は小さな粒子となって手の平の前へと収束して光度を上げながら球体を作り上げる。それは脈動するように強い力を放っていた。

 しかし、そこで意識は限界を迎えた。部屋を光が満たしていくのとは対照的に意図せず視界は暗くなっていき、意識も闇に溶ける様に霧散していく。まだ・・・やり残した事が・・・・・・沢山あ・・・

 

 

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