第三話 地下室の悪魔と宝
この地域の環境は厳しいものだ。日中は照りつける太陽に灼かれ、夜は寒さに震える。水源もどこにだってある訳ではないし植物も少ない。乾燥した荒野なのである。だが生物というのは強かだ。過酷な環境にも適応して見事に生き抜いている。例えば体に金属を取り入れて頑丈に進化した種。例えば体内に水分を多く貯めておける様に進化した種。例えば・・・自ら獲物を狩る様になった植物。
「スティングプラント・・・だよな?あんだけデカいのは見たことねぇ。」
スティングプラントは荒野の岩場や湿った地面等で見かける植物だ。見た目は手の平程の美しい花なのだが奇妙な生態をしている。根を張ることが無く、数本の蔓を触手の様に使って移動するのだ。そしてどう感知しているのかは知らないのだが、獲物を見つけると蔓を勢い良く発射して狩りをする。その威力は皮膚に金属を取り込んでいる動物をも容易に穿つ程だ。だが目の前の、天井に張り付いている個体のサイズは異常だ。手の平サイズなんて可愛らしいものでは無い。五人の大人が外周を手で繋いでやっと届くか?といった特大サイズだ。
「まぁでも今は寝てるみたいだな。」
寝ているというのが植物に当て嵌まるのかは分からない。しかしスティングプラントが非活動的な時は花を閉じて蕾の様になる。照明が点いて明るくなっても目覚めなかったのは不幸中の幸いだった。
「ベリル〜?こっちにいるのか〜?」
静寂の中に固い床を踏む音が響く。この声はジグリスのものだ。最初から地下にはいなかったらしい。しかしながら今の状況で声を出すのはマズい。この特大スティングプラントが何をきっかけに目を覚ますのか分からないからだ。だが悩んでいる暇は無い。なるべく足音を出さない様に移動して地上への階段へ向かう。
「なんだ下にいたのか。どこにもいなかったからしょんべフガッ!?」
階段を降り始めてきた阿呆の口を手で塞ぐ。それから空いている方の手で自分の口元に人差し指を立てやる。静かにしろのジェスチャーだ。直ぐに事態を察したのか、ジグリスが暴れる事は無かった。ただ一つ頷いた事を確認して口を覆った手を離す。
「ふぅ・・・、何がいた?」
「スティングプラント。見たことねぇぐらいに滅茶苦茶デカいやつ。天井にくっついてる。でも動力コアとかお宝もある。」
「・・・・・・マジか。覗いても大丈夫か?」
「花が閉じてるから大丈夫だとは思う。」
地上階へと移動してから状況を伝える。ジグリスは渋い顔をしてから手で目を覆った。お宝があるというのに障害もある。そう聞いたら誰だって悩んでしまうだろう。
「ははっ・・・デカいな。翼を拡げたカネクイワシくらいありそうだ。」
「だろ?そんで真っ直ぐ向こう側にある部屋にお宝があった。右側の部屋に動力コアだな。」
「真っ直ぐ・・・向こう側・・・おっ?なんだありゃあ。卵か?」
「近くで見ると表面がキラキラしててよ、きっと宝石か何かだぜあれ。」
階段を少し降りて地下室を覗く様に階段にしゃがみ込む。スティングプラントはまだ蕾のままだが刺激しない事に越した事はない。
「で、どうする?やるか?」
「当然だ。あれを売っ払えばアリエスを都会の学校に通わせてやれるだけの額になるだろ。それにベリルだってドルトーさんに楽させてやれるしな。」
「爺ちゃんには心配ばっかかけたからなぁ。ギャドバ酒でも樽で買ってやるのも悪くねぇな。」
俺には両親という存在がいなかった。正確には誰かからは産まれはしたが。物心ついた時から、家族と呼べるのは祖父ただ一人だった。とても大事にされていた。と気づいたのはジグリスとアリエス兄弟と一緒に遺跡漁りを始めた頃だったか。今までに何度心配させたり迷惑をかけたかなんて数え切れない。それでも祖父はずっと側で愛情を注いでくれた大事な家族だ。大金を得たら祖父の大好物であるギャドバ酒を樽で贈ってやろう。きっと目を丸くして驚いてくれる筈だ。
「うしっ、気合いは入った。どう動く?」
「ベリルは動力コアを集めてくれ。照明はあった方が良いから刺さってるのはそのままで。俺は卵の部屋に行く。見た感じ、ドアを開けるのに少し・・・いや見てみないと分からん。手こずるのは確かかもな。」
「了解。気を付けていこうぜ。」
「あぁ。」
建物内に明かりがあるのはかなり良いことだ。まさか特大スティングプラントがいるとは夢にも思わなかった。だがその脅威に対して暗闇でライト頼りに動くよりも、照明によって全体を視認しながら両手も空いたまま動けるのとでは比べ物にならない。音を立てない様に静かに動いていく。ジグリスは卵の部屋に入る為に、しっかりと閉じている透明なガラス状のドアと向き合っていた。自分よりも機械に詳しい彼ならなんとかしてくれる筈だ。
「動力コア・・・こいつはいいな。まだ何本かあった。」
改めて先程の部屋を探索し直す。照明があるおかげで非常に探しやすい。元から刺さっていて空になった四本以外にも更に数本が見つかった。収集用の袋を取り出して音を立てぬように詰めていく。
「んっ?なんだこれ?」
視界の隅で何かがキラリと光る。それは手の平に収まる位のサイズで四角くて薄い何かだった。それには見覚えがあった。他の遺跡漁りをしていた時にも同じような物を見たことがある。
「確かジグリスはこいつを鍵だって言ってたよな?・・・まだあっちは開けれて無いみたいだし持って行ってみるか。」
鍵と錠は知っている。もちろん錠前の鍵穴に鍵を刺して回せば開く。そういう物だ。しかし大昔は違ったらしい。鍵穴は存在しておらず、薄っぺらいカードを近づければ解錠出来たのだと言う。仕組みは知ったことでは無いのだが、目の前に鍵が落ちているなら拾わない選択肢は無い。
「ちっ、挟まれてるな。引っ張りだせるか・・・?よし・・・来い・・・っし、取れた。」
床に落ちていたカードだったが、その半分以上は崩れた棚や朽ちた瓦礫の下敷きになってしまっていた。瓦礫は腰の高さ程に積み重なっており、無理に引き抜けばそれらが崩れてしまうだろう。そんな繊細な作業であった。細心の注意を払い、少しずつ引きずり出す事によって何とか取り上げる事に成功したのだった。
「へへへっ、楽勝楽勝・・・へっ?おい、待て、噓だろ?あぁ、クソ!」
部屋を意気揚々と後にしようとした時だった。背後から金属の小さな部品が床に落ちる音が聴こえた。嫌な予感がして振り向くと、カードを引き抜いた瓦礫が徐々に傾いてバランスを崩す瞬間を目撃したのだった。距離的にも体勢的にも、どれだけ急いで支えに行っても間に合わないと悟ってしまう。瓦礫が崩れ落ちていく様がやけにゆっくりと感じてしまった。刹那、その瞬間は訪れる。静寂が満ちていた地下室にはガラガラと瓦礫の崩れ落ちる音が反響して鳴り響いたのだった。




