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陰キャ蔵くんのありふれた日常

妹の失敗作マドレーヌを学校に持って行ったら肉食系美女に奪われた

作者: 龍 たまみ
掲載日:2025/09/14

 俺は(くら) 涼太(りょうた)。高校三年生。

 二個下の妹ミキは家から一番近い高校に通っており、一時間かけて通学している俺とは朝の出発時間が異なっている。


「お兄ちゃん~! これ持っていってよ!!」


 今まさに出発しようとカバンを肩にかけて、玄関で靴を履いている俺にミキが何かを手渡してくる。

 ビニール袋に入れられた怪しい物を確認するべく、俺は袋の口を開けて中身を確認する。


「何だ、この黒い塊は……」

「ごっめーん! 昨日、マドレーヌ焼いたんだけど、オーブンの温度を間違えて焦がしちゃったの。消費できないから、お兄ちゃんも頑張って食べてね!!」


 おい、コラ。

 失敗作とわかっていて俺に渡してくるなんて、何て妹だ。


「お兄ちゃんの今日のノルマは……二個ね!」

「わかったよ。合計いくつ焼いたんだ?」

「えっと……40個くらい?」


 焼き過ぎだろう。お店でも開くつもりか? 料理が得意というわけでもないのに、なぜそんなに焼いたのか問いただしたい気持ちはあるが、急がないとバスに乗り遅れる。


「じゃあな。お弁当の後に食べられそうなら食べといてやるよ」

「捨てちゃだめだよ! ストップフードロス!! SDGs!!」


 そう考えているなら、いきなり40個も焼くんじゃないよと思いながら、慌てて家を出た。


 ■■■


「はぁ~。昨日、家の中が焦げ臭かったのは、ミキがこれを作ったせいか……」


 受験生の俺は、塾から帰宅したら家中に充満していた臭いの原因は、母だろうと思っていた。

 母もおっちょこちょいで、ちょいちょい鍋を火にかけたままにして忘れて焦がすことがある。

 コンロにタイマー機能がついているんだから、せめてそれを使用すればいいと思うのに、文明の利器を全くもって使いこなしていない。

 似た者、親子ってわけか。


 俺は、昼食の時間がやってきたので自分の席で弁当の包みを開けて、黙々と食べて始めた。

 隣の席では女子が四人で机を合わせて、アイドルグループの新曲についてトークをしている。


 高校三年生だから、部活はみんな引退しているけれど、サッカー部やら野球部やら同じ部活だった仲間で男子は食べていることが多い。

 残念ながら……マニアックな天文部だった俺は、基本的に一人で食べることが多い。


 寂しいかと聞かれると、ちょっと寂しいけれど、意外と一人も好きな性格なのであまり気にはしていない。時々、一緒に食べようと誘ってくれる人がいれば一緒に食べるという感じで、誰と食べるとか特定の人は決まっていない。


「ごちそうさまでした」


 俺は、母の作った豚のしょうが焼きやほうれん草のお浸しの入っていた空の弁当箱に感謝を伝え、ふと今朝の出来事を思い出した。


 ガサガサッ


 白いビニール袋に無造作に放りこまれたラッピングだけは可愛いマドレーヌを取り出した。


「これ……プレーン味だよな?」


 黒すぎて、コーヒー味のマドレーヌに……見えないこともない。


「はぁ、これ2つって食べられるのか? 身体に悪くないのか?」


 どう見ても焦げ焦げの物体を見て、本当に口に入れても大丈夫なのか自問自答する。

 うん、外の焦げた部分を少し落とせばいけるんじゃないか?


 俺は、行儀が悪いとは思いながらも、焦げた部分を指先でつまんではぎ取る。


「よし、これなら……苦くはないだろう……」


 思い切って、一つ目を口に放りこむ。

 ん~。焦げた香ばしい香りはするけれど……味は意外と美味しいかもしれない。

 いや~、温度を間違えて焦がしていなかったら、かなり上手にできていたんじゃないだろうか。

 シスコンでもないけれど、ちょっと妹の頑張りを褒めてやってもいいかなと思ってしまう。


「ねぇ、それちょうだい!!」


 口をもぐもぐしている俺に、隣の席で座っていた女子の一人が指差して、俺のマドレーヌを欲しいとねだってくる。


 えっと……モデルのようにスタイルの良い美女の名前は……あぁ、南さんだ。


 滅多に会話することがない美女に話しかけられてちょっと驚くとともに、普段会話を交わすことがないからすぐに名前が思い出せなかった。

 水筒のお茶でマドレーヌを流し込み、やっとの思いで返事をする。


「ちょっと焦げているから、その部分は食べない方がいいよ。それでもいいならあげるけど……」


 一応、毒見はした。焦げた部分を落とせば、味は悪くない……と思う。でも、女子はカロリーを気にしたりすると思ったけれど、南さんは細くて痩せすぎだから、もう少しカロリーを摂取しても良いのかもしれない。


「……これ、誰かにもらったの?」

「あぁ」


 俺が答えると、南さんの顔から笑顔がちょっと消えたような気がする。

 え? 俺の手作りマドレーヌだと思っていたのか? 


「悪い。俺は料理はできるけれど、菓子は作ったことがないんだ。それは妹が作ったやつ」

「なんだ! 妹さんが作ったのね!! じゃあ、遠慮なくいただいてもいい?」


 どうやら、誰が作ったのか作り手がわかれば安心して食べられるらしい。

 確かに道の駅とかで、生産者の顔写真がついていたら、美味しく育ててくれたんだなと思って手をのばしやすいもんな。きっとそんな感じなのだろう。


「南さんが構わないなら、どうぞ」


 俺はそういうと妹の焦げたマドレーヌを南さんに渡し、彼女は嬉しそうにそれを受け取って食べていた。


 ■■■


 南さんにマドレーヌをあげたところまでは、問題なかったはずだ。

 ……それなのに、六時間目になると南さんがお腹が痛いと言い出した。


「蔵くんのマドレーヌでお腹壊したんじゃないの?」

「きっとそうよ。マドレーヌの色、良くなかったもの!!」


「俺は……何ともないんだけどなぁ……でも、なんかごめん、南さん」


 俺はあたふたしながら、南さんを気遣う。


「保健室行く? 俺、付き添うよ」

「……そうする……」


 俺は、先生に伝えて授業を抜けて、南さんの背中を支えながら保健室まで連れて行った。


「先生ー、ベット借りますよー」


 保健室に到着するなり、先生を呼ぶけれど不在だったため、俺は勝手に南さんをベットに寝かせる。

 入室記録をつけておけば、保健室は利用してもいいことになっているからだ。


「……トイレは行かなくても大丈夫?」

「うん……」


 女性に対して、なんてデリカシーのない発言だとも思ったけれど、我慢をしていると良くないから念の為に確認しておく。


「本当に、ごめん。これ、俺の連絡先……何か治療費とか必要だったら、請求してくれて構わないから」

「……ありがとう……」

「きちんと、責任はとるから安心してしっかり休んで」


 俺は、掛布団を南さんにかけると布団の上から背中をさすってみる。

 子供の頃に、母親にそうしてもらったら何となく気が紛れたから、同じようなことをやってみただけで医学的に正しい行動なのかは、未だによくわからない。


「ねぇ、責任、とってくれるんだよね?」

「うん。だから、安心して」


 この時の俺は、南さんがどういうつもりでこの台詞を言っていたのかよく理解していなかった。

 てっきり病院に行った料金と薬代の請求が来ると思っていたのだが。


 ■■■


 その日の夜。

 南さんから連絡が来た。


『もうお腹の調子は良くなったみたい』

『良かった。安心した。病院は行ったの?』

『結局、行ってないの。家で横になっていたら落ち着いてきた』

『そうなんだ。でも、また痛くなったら遠慮しないで病院行った方がいいよ』


 ひょっとしたら病院を行くと俺が心配すると思って、無理して病院に行かなかった可能性を考えて、もう一度病院に行ってもいいよと伝える。


『わかった。……でも、お腹を壊した責任はとって欲しいの』

『俺のせいだから、それは取るつもりだよ。どうしたらいいの?』

『私を苦しめた罰として、私と付き合って欲しいな』


 ん? どういうことだ? 食あたりの責任は治療費を支払うことだと思っていたのに、なぜだか話が別の方向に向かっている。


『えっと……ごめん。よく理解できないんだけど、南さんとお付き合い、つまり交際するってこと?』

『そう』


 とても短い返事が来た。

 どうやら、嘘ではないようだ。でも、南さんの意図がわからない。友達の少ない俺と付き合って、何のメリットがあるのだろうか? でも、責任をとるって、こういう意味もあるんだっけ?


 俺は小説とかで、女性の顔や体に傷をつけてしまった男性が、責任をとって結婚するという物語は読んだことはあるけれど、その流れと似たようなものだろうか。


『えっと……俺は好きな子とかいないから別に構わないけれど、南さんならもっとカッコいい男性とお付き合いできるのに、俺でいいの?』

『蔵くんがいい。初めての彼氏は蔵くんがいい』


 ん~。南さんはめちゃめちゃモテるということは俺でも知っている。

 周りの男子が告白して玉砕している話も何回か聞いたことがある。

 そうか、そんな人気者の南さんの彼氏でいいのか……。本当にいいのか?! 俺で?!


『俺、恋愛偏差値ゼロに近いよ?』

『わかってる。それがいい』

『自分でも奥手な方だと思っているんだけど、それでもいいの?』

『奥手がいい』


 そうなのか……。南さんはモテるから、きっと軽い男たちに囲まれて辛い思いとか、煩わしさを感じたことがあるのかもしれない。

 女性と手を握ることもできなさそうな俺でいいというのなら、それくらい奥手でも本当に構わないのだろう。


『わかった。じゃあ、どうぞこんな俺で良ければ彼氏にしてください』

『嬉しい』


 そんなやり取りで、俺と南さんの交際はスタートした。


 ■■■


 次の日。

 俺の家の最寄りの駅の改札を通ると、南さんが待っていた。


「あれ? おはよう、南さん。体調どう?」

「もう大丈夫!」


 顔色もいいし、わざわざ元気になったことを知らせるために俺の家の近くの駅で待っていてくれたのだろうか。


「良かった。じゃあ、行こうか」


 俺は、南さんの元気な顔を見て、ホッと胸をなで下ろして微笑み返す。


「そうね。一緒に学校行きましょう!」


 そういうと、南さんは俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 おいおい。俺、奥手って言ったよね? 

 そんなに急に距離を縮められても困るんですけど……。

 俺の心の中を察したのか、南さんが爆弾発言をする。


「ほら、蔵くんは奥手でしょう? だから、私がぐいぐい引っ張っていけば、バランスいいと思わない?」

「ん~、そうなのかな……」


 俺は、南さんの胸が腕に当たって気が気じゃないんですけど!!

 心臓バクバクしてるんですけど!!


「うふふふ。ほら、蔵くん、奥手だからすごく赤くなってる。耳まで赤いよ」

「……勘弁してよ、免疫ないんだから」

「そういう初心(うぶ)なところが、蔵くんの魅力なの。そこに惹かれたのよ」


 そうか、南さんは肉食女子であり、きっと俺みたいな草食系男子が好みなのだろう。

 俺は、妹の作った失敗作から、まさか高嶺の花だと言われている南さんの彼氏になるなんて、昨日の今頃は全く思っていなかった。


 学校に到着するなり、異色のカップル誕生にクラス中が大騒ぎとなったのは言うまでもない。

 南さんによる俺への恋愛指南は、いきなり実地訓練から始まるようだ。

 妹の何気ない失敗作から、一夜にして肉食系の彼女ができてしまった俺なのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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どうぞ宜しくお願い致します。


「陰キャ蔵くんのありふれた日常」シリーズに分類しています。

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