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9話 濁流

「敬ちゃんったら、またエツにべったりじゃない〜。」


 また別の声が聞こえた。

 着物の女性、エツさんも声のする方に視線を向けると、そこにはエツと見た目が瓜二つな女性がいた。

 私はそこで察した。生前のエツさんは双子だった。


「ハツねえちゃん!おれ、ハツねえちゃんも好きだよ〜。」


 敬ちゃんと呼ばれる少年の口から、エツさんの双子の姉妹はハツという名前らしい。


「私もハツが大好きよ〜!」


 エツさんも弟さんと調子を合わせてふざけ始める。


「もう…二人ったら…そんなこと言ってないで仕事するよ!」

 そういう初の手には収穫した野菜が抱えられていた。


「はあーい!」

 敬ちゃんは元気よく返事をして畑の方に走り出す。


「ハツ、少し持つよ。重いでしょ?」

「ん。ありがとう。」



 目線も同じくらい。きっと今の二人は鏡合わせのようにそっくりなんだろう。


「あ!浩司さんよ!本当に素敵だわ〜。」

 そういうハツさんの目線の先には、背の高く、優しげな青年がいた。


「お見合いするなら浩司さんがいいなぁ〜。年も近いし、可能性はあると思うのよ!」

 そう息巻くハツさんの姿を見るからに、あの青年に恋してるのがわかった。


 しかし、エツさんの視点でこの映像見ている今、感情もエツさんのものと共有してるのだろう。

 微かにもやついた、エツさんの恋を素直に応援できない複雑な感情が流れてくる。


 エツさんもあの青年のことが好きだったんだ。




 場面は切り替わり、和室に正座をさせられてるエツさん。隣にはハツさん。

 その二人の正面に向かい合って鎮座してる中年くらいの男性がいた。恐らく二人の父親だろう。


「エツ、ハツ。お前らに縁談が来た。」


 その一言に二人に緊張が走った。


「エツ、お前は村長の息子の浩司くんから、ハツ、お前は隣村の吉澤さんところの次男坊から縁談が来た。」


 父の口から出たのは予期せぬものだった。


「父さん!待ってよ!なんでエツなのさ!何でエツが浩司さんと…。」


 強気なハツさんは、持ち込まれた縁談の内容に激しく抗議した。

  

「それはわしにも分からん。向こうからの強い希望で断れんかった。」

「そんな…。」


 憧れの相手が選んだのは自分でもなく、双子の片割れの方だった。


「それにエツの方が立場上長女だ。」

「それだけ…?」


 隣から見るハツの顔はひどく悲しそうで、失望に塗れていた。


「何で…?双子なのに…。見た目だって違いなんてそうそうなのに…。」


 そう呟くハツさんにエツさんは手を伸ばした。


「ハツ…?」

「触らないで!!!」


 勢いよくエツさんの手を振り払うハツさん。


「こんなの許さないんだから…。アンタなんかと双子でなければ…!!」

「ハツ!!お前!!何ということをっ!!」


 ハツさんの顔はまるで鬼形相で、エツさんも心の底から驚き、怯えてるのが伝わった。


 あの後、エツさんは家に居づらくなったのか、家の裏の山で時間を潰していた。

 双子として一緒に生まれてきて、時には喧嘩もしたことはあるが、先ほどのようにあんな憎悪が入り混じった目で睨まれたのは初めてだった。

 どうしていか分からなくなって、じわじわと目頭が熱くなり、視界が歪んで、ついには耐えられなくなりしゃがみ込み泣きじゃくってしまった。


 すると近くの茂みがガサガサと何かが蠢く音がした。

 ここは山の中。野生動物かと思うと涙は緊張感で引っ込んでしまった。

 しかし、茂みから出てきたのは弟の敬ちゃんだった。


「あれ?ねえちゃんどーしたの?」


 大きなまんまるの黒目がきょとんとこちらを見つめる。


「敬ちゃんか…。びっくりしたよ〜。敬ちゃんこそどうしたの?一人でこんな所来たら危ないじゃない。」

 幼い弟の危険行為に注意を促すと。


「ごめんなさい。ねーちゃんたちがおよめに行くって、かーちゃんが言ってたから…おはな…あげたくて…。」

 

 そう言ってお気に入りの木彫りの馬をギュッと抱きしめた。

 前に父が敬ちゃんへの贈り物として手作りで作ったもので、貰った敬ちゃんは嬉しくて片時も手放さずに持ち歩いてるのだ。


 幼い弟の健気な姿に胸がキュンと締め付けられ思わず抱きしめた。


「そっか。ありがとね敬ちゃん。」

「でも、エツねーちゃんも、ハツねーちゃんも、かなしそうにしてたんだ。だから、おはなあげたらげんきになるかなって…。」


 弟に心配をかけてしまった不甲斐なさに胸が痛んだ。


「そうだね。ハツに沢山お花あげて元気出してもらおうね。姉ちゃんも手伝うから!」

 元気をなくさせた原因でもある私がそんなこと言うのは滑稽でしかないが、心配してる弟の手前、これ以上心配かけまいと笑顔でそういった。


「!!うん!!」

 そう元気よく返事をする敬ちゃんと手を繋ぎ、花探しをした。



 摘んできた花を早速ハツさんにあげに行くと言う敬ちゃんに、私と摘んできたことは内緒と口止めしてから送り出した。

 きっと今のハツさんは私からの花と知ったら変な方向に誤解しかねない。


 今のエツさんたちを気にかけてる人がいるってことをハツさんにも伝わったらいいなと願うばかりだった。

 



 また場面が切り替わり、視界は暴風雨と濁流で一気に緊張感が走った。


「表の道はもダメだ!!家の裏口から村長の家に避難するぞ!」

「貴重品だけ持っていけっ!!」


 嵐のよる大雨によって近くの川が氾濫したのだ。

 父の指示のもと何とか村長の家まで逃げ延びた。


「…あれ?敬ちゃん…敬三は…??」


 地番最初に気づいたのはエツさんだった。


「嘘!?敬ちゃん!?」

「確かに後ろにいたのに!!!」


 弟の敬ちゃんの姿がない事にその場の空気が凍りつく。



「私、敬ちゃん探してくる!!」

 エツさんはそういい再度嵐の中に突っ込んでいった。



「敬ちゃーん!!!!」


 激しい雨と風の音で自分の声ですらかき消される。しかし、声を出さなければ、幼い弟を見つけなければ。

 その一心で濁流の近くまで近寄り、辺りを見まわし、弟の名前を叫ぶ。



「…!!………ねぇ……!!」

「!!」

「ねーちゃん!!」


 声のする辺りを見回すとそこには、瓦礫にしがみ付き、腰のあたりまで水か浸かり、身動きが取れなくなっていた。


「敬ちゃん!!今行くから!!!」


 弟の危機的状況を目の当たりにしていても立ってもいられず救出に向った。


 敬ちゃんの掴まってる瓦礫は、岸に引っかかり絶妙なバランスでそこに止まっているが、いつ流されてもおかしくはない。

 私は瓦礫を慎重に伝い、濁流に流されないようにしながらようやっと敬ちゃんの元に辿り着き、抱きしめた。


「ねー…ちゃん…ごめん…。」

「敬ちゃん大丈夫だから!姉ちゃんにしっかり掴まってるんだよ!」


 抱きしめた敬ちゃんの体は冷え切っており、震えながら掴まる手はほとんど力が入っていない。`


 しかも、、敬ちゃんを発見した時より、明らかに水嵩が増し続けている。これはまずい。この流れの水量で子供一人抱えながら岸まで戻るのは厳しい。

 己の無計画さを呪う。

 誰か…!!

 



「エツ!!!敬ちゃん!!!」


 もうダメだと呆れめかけていた時、岸の方から私たちを呼ぶ声がした。ハツさんだ。


「ハツ!!敬ちゃんを!!」

「待ってて!!引き上げるから!!」


 状況を察したハツさんが、エツさんが伝ってきた瓦礫のところまで行き手を伸ばす。

 エツさんも先に敬ちゃんを助けようと、少しずつ岸の方に移動して、ハツさんの方に敬ちゃんを渡すように必死で腕を伸ばす。

 その結果、敬ちゃんは何とかハツさんに受け止められ、ほぼ放り投げられるような形で岸にたどり着いた。

 途中から意識を失っており、岸に着く頃にはぐったりとしていた。


 でも、無事に救出出来たのを見たエツさんは、一瞬安心し、力が抜けてしまう。

「きゃぁ!!!!」

「エツ!!!」


 水嵩が増し、もうエツさんの胸の辺りまでの濁流は、一瞬の気の緩みを狙ったかのように、エツさんを押し流そうとした。

 が、間一髪のところでハツさんがエツさんの手を掴む。


「うっぐ…!!!」

「!!…ハツ!!」


 濁流と先ほどの敬ちゃんの救出で、相当の体力が使われてたせいで上手く力が入らない。

 このままだと二人とも…。


「ねぇ、エツ。」


 ハツさんの呼ぶ声がして、ハツさんの方を見る。


 辺りは濁流と暴風雨でうるさいぐらいなのに、なぜか静かに呼ぶハツさん声が異様にはっきりと聞こえた。


「私たち、双子だよね?母さんも父さんも見間違えるくらいにそっくりな。だからさ…」


「ハツ…??」


「浩司さん、私が貰うね…。」


 そういうとハツさんはエツさんの手を離した。



 

 次の瞬間から視界は真っ暗になり、体全身が何かに叩きつけられたり、肺に水が入り苦しくなる。

 痛さと苦しさが激しく入り混じって、プツン…とそれらが終わった。


 

遅くなり申し訳ありません。

9話読了ありがとうございます。

10話に続きますのでよろしくお願いいたします。

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