7話 待って!
久我さんの言われるがまま、顔を上るとそこには慰霊碑の上に腰掛けてる濡れた着物姿の女性がいた。
さっきまでいなかった女性に絶句する私。
下ろした長い黒髪、血の通ってない肌はあちこちが傷だらけ、着物も裾や袖がボロボロ。
私の見る世界はついこの前までこんな人達溢れてた。声も余計なのが聞こえた。しかし。それが私にとっては当たり前だった。
春に花が咲くように、夏に生き物たちが活動的になるように、秋に葉が色づくように、冬に雪が降るように。
その光景が人が息をして生きてるように当たり前な光景だった。当たり前のように生者と死者がそこにいた。
でも、それらは特別いつでもどこでもいるわけじゃない。
今日一日見なかったなぁ〜…何て思う日もある。
それが久我さんからお守りを渡された時から、徐々に気配がなくなった。声が聞こえなくなった。姿が見えなくなった、それと同時に体調も良くなってる気もした…。
たった一日ではあるが私の見る世界が、みんなの言う普通の世界となった。
でも、お守りを外した途端にいつもの風景、気配が一気に戻ってきて私は吐き気を催した。
「うっぷ………。」
「!?大丈夫か?」
私の不調に気づいた久我さんが心配するように背中を摩ってくれた。
流石に慰霊碑の前で吐くのは失礼とのことで場所を移動した。
そこは刈川の河川敷公園だった。私は公園内のベンチに横になり、濡らしたハンドタオルで両目を覆い、体調回復を図った。
「…すみません。」
「いや。気にせず休んでくれ。」
そう言い久我さんは近くの自販機で買ったミネラルウォーターを私にくれた。
「…生まれた時から見えてたし、聞こえてたのでこんなに酔ったような気分になったのは初めてです…。」
「反動だな。俺の護符が散らした君の力が、護符を外したことにより一気に戻ったんだろう。」
そう言い自分の分のコーヒーを開ける久我さん。
「そして、今の君なら『彼女』が見えるだろう?」
そう言われてハンドタオルをずらし、久我さんの方を見るとその横には先程の着物の女性が立っていた。
「はい。見えます。でも…。」
彼女は霊という割にはあまりにも目に宿る意志が溢れていた。
「でも、今まで見た霊と違うか?」
「…はい。」
これまで私が見た幽霊はただ彷徨うばかりで、目に意思もなく虚に濁っているのばかりだった。
「彼女は守屋家の時から着いてきてたんだが気づいてなかったのか。」
まさかのカミングアウトに私は驚いた。
いつもの私なら近くに霊がいたら気づくはずだ。
改めて着物の女性の方を見ると何かを訴えたいかの様に口パクをしていた。が、私にはその声が聞こえない。
「久我さん、私、そちらの女性が何か言いたげな様子が…。」
「俺にも見えてる。が、君と同じく声までは…。」
久我さんはじっと彼女を見て問う。
「あなたに聞きたい。俺らの声は聞こえてるか?」
着物の女性の口パクぴたりと止まり、彼女は首を縦に振った。
「これから貴方にします。はいなら首を縦に、いいえなら首を横に振ってください。
貴方が赤井涼子さんに取り憑いている霊ですね。」
そう聞くと着物の女性は首を縦に振る。
「あなたと赤井さんは既知の関係ですか?」
首を横に振る。
「守屋さんの家から着いてきたのは、守屋さんと知り合いだからですか?」
首を縦に振るが自信が無さげだ。
「あなたは赤井さんに恨みがある。それ故に呪う為に取り憑いている。」
首を勢いよく横に振る。そしてまた懸命に何かを訴えるように口パクが始まる。
「だから、あなたの声が聞こえないんだって…。」
困ったように頭を掻く久我さん。
「危害を加える気がない事が分かったことによって、危険性と緊急性は格段と下がったんだが…。」
どうしたものか…と困り果てる久我さん。
そして未だに起き上がれない私。
何とか彼女が何を言いたいのか口パクから読み解こうとするが、読唇術を心得てる訳では無いので出来なかった。
それでも集中して彼女の方を見て何を言いたいのかを読み取ろうとする。
「〜〜〜…。」
気だるい体を起こしさらに集中して彼女を見つめる。
「おい。無理するな。」
無理もしますよ。だって、私の力が今こうして頼られてるんですから。
昔からこの体質のせいで実の両親からも疎まれて、同級生からも腫れ物扱いされた私が今こうやって頼られてるんだから。
耳鳴りが止まらない。頭が痛い。鼻から血が流れてるのがわかる。
「お、おい!」
静止に入る久我さんの声を他所に私は更に集中する。
『(パクパク!)』
「ーーーーー…」
『(パクパク!)』
「〜〜〜っ!!」
『……………っ!!!!』
「!!聞こえる!!!」
「何だとっ!?なんて言ってる!?」
「ちょっと待ってください…!」
彼女の方もこちらの様子を察したのか私に駆け寄り、なおも懸命に何かを伝えようとしてる。
待って。あなたが何を伝えたいか、何を思っているのか、今聞いてあげるから!
『…!!…………!!』
「〜〜〜っ!」
『……て!………!』
「!!うん!!何!!あともう少しだから!!」
『……めて!!……止めて!』
「『止めて』?」
『あの子を!!あの子を止めて!!』
その悲痛に塗れた叫びを私は聞いた。聞き入れた。
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