6話 人間として
「…!」
守屋さんの話を聞いて反応する久我さん。
守屋さんのお婆さんの妹さんに何か思うことがあったのだろうか?
「婆さんの妹…大叔母は逃げそびれたまだ幼い大叔父を婆さんと一緒に助けに戻ってその時に…。」
守屋さんは「話が脱線してしまったね…」といい、話を川の氾濫による災害の被害状況と対策やらを持ってきた書類や書物を駆使して丁寧に説明してくれた。
説明の最中は私たちにも分かりやすいように専門用語を極力使わずに説明をしてくれて非常に分かりやすかった。
私個人的にも聞いていて勉強になった話だった。
「有益なお話ありがとうございました。お陰で研究が捗ります。」
「いやいや。ワシの故郷の歴史が君たちみたいな若者に伝えられて良かったよ。他に分からないことは無かったかね?」
そう尋ねてくる守屋さんはまるで小学校の先生のようにも見えた。
「刈川の氾濫については大変分かりやすく、不明点などはありませんが…。」
「…?何かあったかね?」
「いえ。守屋さんの大叔母様の話が個人的に気になりまして…。」
やっぱり。
さっきのの気のせいじゃ無かったんだ。
「…ワシも詳しい話は知らんのだよ。如何せん、姉である婆さんの前でその話をすると酷く取り乱してな。婆さんは勿論、爺さんもその話は避けておってな。婆さんは亡くなる際も妹のことを思ってなのか、晩年は殆ど寝たきりの状態でな。とこに臥せていた時も『ごめんなさい』と酷く魘されていたのを今でも覚えているよ。」
先程までの柔和な雰囲気だった守屋さんは何かやり切れない感情がいっぱいだと言う風に見えた。
「守屋さんのご家族は守屋さんにはその話をされなかった。との事でしたが、では一体誰がその話を守屋さんにされのですか?」
久我さんがそう言って私はハッとした。
確かに、祖父母ともその話を避けていたのだからその子供にはきっと話はしないだろう。
それならその話は孫である守屋さんにどうやって伝わったのだろうか。
「ワシの大叔父、婆さんの弟だよ…。子どもの頃に婆さんの法事の時に会って、その時に聞かされてな…。
幼い大叔父は濁流に流されかけた時に、妹の大叔母に助けられた瞬間までは覚えているが助かった瞬間意識を失って、目が覚めた時にはもう一人の姉はいなかったそうだ。」
「そうだったんですか…。」
普段冷静な久我さんも悲痛な表情を浮かべていた。私も一緒だ。
家族を助ける為に家族が犠牲になるのはいたたまれない。
「私の個人的な疑問にも答えて頂きありがとうございます。」
久我さんは深く頭を下げ、守屋さんにお礼を言った。それを見た私もつられて頭を下げる。
「いや。この生い先短い老いぼれの、面白くもない思い出話に付き合ってくれてありがとうな。」
少し涙声になった声で守屋さんは私たちにお礼を言ってくれたが、そんなお礼を言われる事はしていないから心苦しさがあった。
「この度は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます。」
話を聞き終えた私たちは守屋家を後にすることにした。
「こちらこそ、熱心に話を聞いてくれたものだから、話し甲斐があった。また分からない事があったら遠慮なくおいで。」
守屋さんは最後まで優しい表情と言葉で私たちを見送ってくれた。
私たちはまた深く頭を下げて玄関を出ようとしたその時。
「…すまない。」
後ろから守屋さんが呼び止めた。
「すまない。気が向いたらでいいんだ。ここから帰る時に刈川を通る時に橋の近くに慰霊碑があるんじゃが、どうか手を合わせてやってくれんかの?ワシの大叔母の為だけじゃなく、氾濫で亡くなった方達の為にも。」
そう言う守屋さんは「気が向いたら」と言う割にはあまりにも切実な願いに聞こえた。
「…分かりました。必ず立ち寄らせて頂きます。」
久我さんはそう言って守屋家を後にした。
守屋さんの言う通り、守屋家から駅までの道中に刈川があり、その川に掛かる橋の近くに立派な慰霊碑があった。
約束通り、私たちは慰霊碑の前で手を合わせていた。
真剣に手を合わせる久我さんを見て私は少し意外だなっと思った。
「君は人が死ぬ時は何回来ると思う?」
不意に久我さんからの問いかけられた。
「死ぬ時って…そりゃ、一回だけなんじゃ…。」
「そうだな。大抵の人はそう答えるだろう。しかし、こういう話を聞いたことはないか?『人は二度死ぬ。一度は肉体的に、二度目は人から忘れらた時』って。」
「あ…。はい。何かで聞いた事はあります。」
久我さんは合わせてた手を下ろし、じっと慰霊碑を見据える。
「俺たちが相手にしてるのはそういう者たちだ。人の記憶から消えそうな者たちが抗っているんだ。まだ消えたくない。自分の思いをどうか知ってほしい。知って欲しい。理解してほしい。だから、姿形を変え生者の前にあらあわれる。人であるなら当たり前の感情だ。」
学校への電話もそうだが、守屋さんに対する態度が、その人ちゃんと尊重する態度だった。
きっとそれは人以外にもそうなんだろう。
「ところで君。昨日俺が渡した護符は今でも持っているか?」
「護符…?あ、お守りのことですか?ありますよ。」
昨日貰ってから体が軽く、調子もいいので紐をつけて首から下げるようにしていた。
「…。うん。君のその様子からちゃんと効いているようだな。むしろ効きすぎているのか…。」
効きすぎている?
「一度護符を外してみてくらないか。」
久我さんにそう言われて首からお守りを外す。
すると途端に体にずしっとした重量感が襲った。
肩や頭を何かに押し付けられてる、圧し潰されそうになり、私は顔を伏した。
「うぅ…。何ですか…これ。」
「今まで君が背負っていた『気』だ。それより、前を見てご覧。」
そう言われて前を見ると…。
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