5話 調査
翌日。
私は指定された時間に久我事務所を訪ね、事務所のインターホンを押す。
昨日は気づかなかったが、あったんだな。
「久我さんー。おはようございますー。雪平ですー。」
扉越しに久我さんに呼びかける。
するとガチャっと扉が開き、そこには寝ぼけたような顔にボサボサ頭の久我さんが出てきた。
「……はよ……入って……。」
この人、顔だけは良いんだよな。ノンデリだけど…。
などと失礼なことを思いながら事務所の中に入っていく。
「んで、本来今日学校なんですが調査の方、どうするんですか?」
現在の時刻は朝の七時ちょっと前。いつもより早く家を出るたのだが、両親は特別機に留める様子もなかった。
「そう急かすな…。君の高校、黒城高校だったな。」
「はい…。」
「ちなみに君に兄弟はいるのか?」
「兄が一人。」
年単位で会話してない…は流石に言わなかった。
「それなら都合がいい…。」
久我さんは不敵に笑いスマホを操作し、どこかに電話をかけ始めた。
「…おはようございます。お忙しい中失礼致します。私、そちらでお世話になっている三年の雪平満月の兄です。いつも妹がお世話になっております。…実は昨夜から熱が出てしまいまして…はい。一晩様子を見たのですが熱が下がらないのでお休みを…はい。ありがとうございます。はい。よろしくお願いします。はい。では…。 これでOK。」
ズル休みかい!!
「…ご丁寧に学校にまで連絡して…。私に兄が居なかったらどうしようとしてたんですか?」
「そんなの君の父親か親戚の人間のフリをするつもりだったさ。ただまぁ、兄がいるなら俺の声的にも丁度いいし、君の身辺を知ってる人間の耳に入っても怪しまれない人物が最適解だと思ったまでさ。」
ん〜。私のことをよく知る人なら、私の兄が妹の為に病欠の連絡をするような人じゃないことくらい分かりそうなんだよなぁ〜。なんて、ドヤ顔でやり切った感をがしてる久我さんには言えなかった。
午前九時。通勤通学ラッシュも終わった頃に私たちは目的地に向かう。私が今日病欠という設定なので学生がうろつく時間帯を避けての行動となった。
目的地は依頼主の赤井さんの住所である井刻市。駅周辺は賑わっているが、少し歩くと周りは田んぼと山に囲まれた長閑な風景だ。
田んぼに囲まれた農道をしばらく歩くと山を背に佇む大きな日本家屋。周りは大和塀で囲まれており、塀から覗く草木も綺麗に剪定されていた。一眼で由緒正しい家なのだとわかった。
「久我さんここは…?」
「この井刻市が村だった頃から長を務めていた一族、守屋家だ。この井刻市の歴史の事ならなんでも知っている一族だ。」
「はぁ…。でもなんでここに?」
「今回の赤井さんの見た浮遊霊の特徴と、赤井さんの住所を見て何となくではあるが、ここで起きたある災害が関係してるんじゃないなぁって思ってし、知り合いに頼んで守屋さんにアポを取ってもらった。ちなみに俺らは地域の歴史について調査してる大学生って設定だからよろしく。」
「待て待て!情報量が多いです!私何すればいんですか!?ちょっと…!!」
私の悲痛な叫びも虚しく久我さんはインターホンを押した。
『…はい。』
「あ、朝早くに申し訳ありません。昨日お電話されて頂いた長房大学の者です。」
『あ〜。はいはい。今そちらに行きますね。』
インターホンから聞こえてきたのは品の良さそうな女性の声だった。
しばらくすると刷りガラス張りの玄関のが開かれ、そこにいたのはモスグリーンの膝下丈のスカートにあわい桃色のブラウスを着た白髪まじりの中年の女性だった。
「おはようございます。お忙しい中申し訳ありません。私、長房大二年の久我と申します。こちらにいるのは同じゼミの後輩の雪平です。」
そう、自分の紹介と共に流れるように私のニセの紹介をし、私は慌てて頭を下げた。
「あらあら〜。ご丁寧にどうも。お話はゼミの先生から聞いてます。さぁ、どうぞ。」
そう言って女性は私たちを中に招いた。
ゼミの先生って誰だ?なんて心の中でツッコミを入れながら私たちは女性の後についていった。
守屋家は外見通り広く、廊下が入り組んでいた。途中縁側を通った際に見えた庭は芝生が植ってる一角は雑草一本もなく綺麗に手入れされていたのが
わかった。
女性の案内で通された和室。恐らくここが客間なのだろう。大きい木製のテーブルを目の前に私と久我さんはそこでしばらく待たされた。
「綺麗なお家ですね…。」
「あぁ。そうだな。」
そう答える久我さんの表情は何処となく嫌気がさしてるような顔をしていた気がした。
そんな久我さんの様子に不自然さを覚えたが、私たちが入ってきた襖が開きそこには沢山の書物や書類を抱えた老齢の男性がいた。
「やぁ。待たせたね。」
老人は柔らかい笑みを浮かべてどさっと抱えられた書類をテーブルの上に広げた。
「初めまして。私がこの守屋家現当主の守屋 芳雄です。」
「ご挨拶が遅れました。私、長房大学の二年久我環です。彼女が同じゼミの後輩の雪平です。」
そう言うと、久我さんは隣にいた私を軽く肘でついた。自己紹介しろってことか。
「雪平満月です!よ、よろしくお願いしますっ!」
急なアドリブだったが、何とかこなせた。
「彼女は今回のような現地調査が初めてなので不手際があるかともいますのでご了承ください。」
はいはい。そういう設定なのね。
お宅訪問の前にざっくりとした設定を言い渡されただけで、訳わかない状況だったが何となく察せれた気がする。
「はは。大丈夫だよ。この爺さんの話が学生さんの勉強のお役に立てるか分からんが、よろしく頼むよ。」
昨日の今日で会う約束取り付けたのにここまで親切に対応してくださる守屋さんはなんていい人なんだろうっと感動しながら私は守屋さんの話を聞いた。
「この井刻市はな、約八十年前に降った大雨によって川が氾濫したんじゃよ。」
そう言って昔の井刻市が描かれた地図を取り出し説明をし始めた。
「この刈川じゃ。当時も今もじゃが、住民たちはこの川から水を引いて米を作ってたもんじゃから、沢山の民家が昔からあったんじゃよ。
じゃが、その大雨による氾濫で周辺の民家も牛も馬も人も跡形もなく流されちまったんじゃよ。今ほど整備されてなかったせいでな。この家もその氾濫の後にわしの爺さんが立て直したんじゃよ。前の家は運良く流されずに済んだんだが、次に同じような事がって考えたら…って事じゃ。」
私と久我さんは守屋さん話をボイスレコーダーで録音しながら真剣に耳を傾けた。
「自慢じゃないが、この家は昔からこの辺の村をとりまとめていてな。流されていない事もあって避難所がわりになっていたんじゃよ。当時の家のもの曰くみんな泥まみれで身ひつで逃げてきた。家財も家畜も勿論だが、足手纏いになりそうな爺さん婆さんをやむなく置いてきた人や、逃げてる途中で家族が濁流に呑まれた人もいたそうじゃ。みんな自分の命を守るのに必死だったんじゃよ。」
守屋さんの話はあまりにも生々しかった。
「その時にだが、当時のわしの爺さんの許嫁、今はわしから見ると婆さんに当たるんだが、その婆さんの妹もな流されてしまたそうなんじゃよ…。」
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