4話 運命と現実
久我さんの口から突然寿命宣告をされた。
「待って下さいよ…。二十歳って、三年もないじゃないですか…。私、今年で十八歳なのに…。」
これまでの人生が脳内に再生される。これが走馬灯ってやつなのか。
大した人生ではないけど、それでも死ぬのは怖い。
私は恐怖心から涙が止まらなくなってしまった。
「すまない。君にとっては酷な話だが、これが事実だ。現実だ。」
久我さんは毅然とした態度で続けた。
「でも、君は今、『死にたくない』と言ったね。なら抗え。俺もその手伝いをする。」
「手伝い…?」
「根本的な神嫁としての運命を変えるのは現段階ではほぼゼロだ。でも、君が抱えてる体質による苦痛は俺がどうにかできるかもしれない。
そこから少しでも君の寿命を伸ばすことにも繋がるかもしれない。」
「…確定ではないんですね。」
「あぁ。でもやらないよりかはいくらかはマシだ。」
冷たいイメージだった久我さんの瞳の奥が熱く滾ってる様な気がした。
「どうして…そこまで、してくれるんですか?」
藁にも縋る思いで私は聞いた。
「俺は神という存在が嫌いだから、奴らの鼻っ柱をへし折りたいだけさ。」
高慢な笑みを浮かべてふざけた様な返事を返した。
普通そんな答えが返ってくれば大抵の人は怒り散らすだろう。でも、私にはその答えが本気の答えに聞こえた。聞こえたせいでなんか気が抜けてしまい涙も気づいたら止まっていた。
「なら、私も久我さんにお世話になります。」
この人なら安心して任せられる。私はそう感じた。
「あぁ。任せろ。」
そう言って、優しげな笑みを浮かべる久我さんだった。
「まずは君のその神嫁としての体質だが、人間が持つには莫大すぎる霊力のせいで日常生活していく上ではあらゆる弊害が出てくる。」
私の体質について説明が始まった。確かに幽霊と接触するのは実はかなり精神をすり減らしてはいた。
「しかし、この莫大な霊力にはある人種の奴らにはとても有効な時もある。」
「…ある人種?」
「俺ら術師やそれに類する霊能力者の力を底上げする効果だ。分かりやすく言えば歩くパワースポットだな。」
「パワースポットって…。仮にそうだとしても分かるもんなんですか?」
そう聞く私に久我さんは続けた。
「実は俺自身の霊力はそこまで強くないんだ。さっきの視覚共有の術も使った後とんでもない疲労感に襲われる。こうして起きているのも出来ないほどに。」
そう言って自分の掌を見つめる久我さん。
「しかし、今こうしてなんの反動もなくいられるのは神嫁である君のお陰でもあるんだ。」
「私のおかげ?」
私、何かしましたっけ?
「術の発動の際に君の手を握る事により君から霊力を貰い賄っていたんだ。お陰で俺はそこまでの霊的消費もなく術を発動出来たのさ。」
ニヤリと笑う久我さんを見て私は何となく嬉しくなった。
自分の予期せぬ力が人の役に立てるのは嬉しいものだ。
「さて、その力の活用方法も含めて今回の依頼内容を確認してみよう。」
「今回の依頼主は井刻市在住の赤井涼子。相談内容は女性霊による霊障。話を聞く限り霊は浮遊霊と推定。明日現場に調査。調査結果次第で対応を決める。」
久我さんは淡々と依頼内容を簡潔に説明してくれた。
「あの、調査は明日行うとの事ですが…私学校あるんですが…。」
大学生の生活リズムに関してはイチ高校生の私には知り得ないが、世の殆どの高校生は明日月曜日は学校がある。
「それに関しては俺に考えがある。君は明日制服のままここに来てくれ。」
「はぁ…。」
自信満々な久我さんの言い振りに私は頷くことしか出来なかった。
「あの、ところで私は何をすれば良いのでしょうか?」
私はこの依頼での一番の疑問を久我さんにぶつけた。
「あぁ。君には俺の補助に入ってもらう。」
「補助?」
「先程も言った通り俺自身の霊力はそこまで強くない。だからいつもはこの相談所の所長の叔父さんの手伝いをしている。しかし、今回その叔父さんは諸事情によって手が離せなくて正直困っていたところなんだ。俺にできるのは符術による応急処置だけだからな。」
「成程。その補助というのは何をすれば良いんですか?お札の用意とか?」
「いや。君に頼みたいのは霊的サポートだ。君は歩くパワースポットみたいな体質だが実はその力は君自身にはあまり良い影響はない。」
「え?そうなんですか?」
「君の肉体も精神も一般人レベルか少し上くらいだ。そんな人間が桁違いのレベルと量の霊力を持っていれば、器である肉体に限界がそうそうに来てしまう。」
「限界くるとどうなっちゃうんんですか?」
「余命前に精神病んで死ぬ。」
「めっちゃ死にやすいって事じゃないですか。私よく今まで生きてきたな!?」
久我さんからのまた新たな事実に思わず自分自身にツッコんでしまった。
確かに時折これでもかって位に精神的に参る時がある。自死を考えてしまう程に。
「君がここまで生きて来れたのは、まぁ、運が良かったんだろう。」
詳しいことを知らんからなんとも言えないけどな。と久我さんは付け足す。
「そんな君にとっては厄介極まりない霊力は、俺が君の近くにいるだけでも使える事が今俺自身実感している。Bluetoothのペアリングみたいだな。ちなみに君自身も何か体調の変化が出たんじゃないか?」
「言われみれば…なんか心なしか肩?体が軽いかも??」
久我さんに力を使われる前に比べると、言葉にし難い微かな快感や爽快感があった。
「君が持て余していた力を使ったからな。使いすぎない程度に使えば君の体に良いものだ。まぁ、体脂肪と同じだな。環境によって生命維持に必要な脂肪の量は異なるけど、その環境に必要以上の体脂肪は体に悪いのと一緒だ。」
脂肪って、女子の体質?をこの人脂肪で例えるなんてデリカシーないんじゃないのか?
「その脂肪を俺が有効活用するんだ。お互い損はないはずだろ?」
この世の中にここまで綺麗なドヤ顔する人はいただろうか。私の人生の中ではいなかった。が、その綺麗なのが相まって腹立たしくなってしまう。
「それで、私は本当に久我さんの近くにいれば良いんですね?」
内心この野郎と思いながらも話を進めた。
「あぁ。現場に行っても君はおそらく俺に霊的サポート以外に何にも出来ないだろうからとりあえずは近くに待機しててくれ。大丈夫。未成年の君の身の安全は俺が保証する。」
そういう久我さんの瞳は真剣そのもので思わず私はドキリとしてしまった。
「ついでになんだが。今日から君はこれをを持っているといい。」
そう言ってソファーから立ち上がり、デスクの引き出しから何かを取り出し私に手渡された。渡されたそれは辺の神社にでも置いてありそうな赤い布地に色とりどりの糸で綺麗に刺繍された、一見なんの変哲もないお守りだ。
「なんですかこれ。交通安全のお守りですか?」
「馬鹿か。そのお守りは君の有り余ってる霊力を少しづつ周りに散らすお守りだ。本来の用途は悪霊の力を削ぐ術の応用で作られたものだ。」
この人、実はかなり口悪いんじゃない?さっきの体脂肪の例えといい、しれっと人のこと馬鹿って言ったぞ?
「散らすって良いんですか?久我さんの使う分が無くなっちゃうんじゃないんですか?」
「こんなお守り程度で君の霊力は消えはしないよ。」
そう言いながら久我さんは事務所内の本棚から書類や本を手慣れた手つきで選び出していく。
「それは?」
「これも一応仕事だからな。請求書の作成やら今回の依頼内容とそれに対する行内容をまとめる業務報告書だよ。監査とか税理士とか…まぁ大人の事情対策だよ。」
そう言いながらメガネを装着し、デスクに置いてあるPCに向かいキーボードを何かを打ち出した。
大人って大変なんだなぁ…って呑気にその様子を見ていたが、自分が手持ち無沙汰であることに気づいた。
「あの…久我さん。」
「すまない。少し待ってくれ。」
私が言いたいことを察したのか待つようにと言われたので素直に待つことにした。
数十分後。
「すまない。待たせたね。今回の依頼についての情報をまとめていた。」
メガネを外し目頭を揉み込む久我さん。
「いえ。お疲れ様です。」
道理で集中してPCに向き合っていたのか。
「明日、この事務所から直行で依頼主の元に行こうと思っていたが。予定変更だ。少し寄り道をする。」
そう言ってその日は解散と言い渡され、私は家に帰ることにした。
先程まで久我さんの事務所にいた時間は文字通り現実離れした時間だった。
しかし、家に来れば否が応でも私の現実が戻ってくる。
「ただいま。」
持っていた鍵で家の玄関を開けば、そこには散乱した現実。
日曜日の夕方家に鍵がかかり、中が電気が付いていないことから両親はどっかに出かけたのだろう。
我が家は本来四人家族。父、母、兄、私の構成だ。
兄は数年前に就職を機にこの家を出て一度も帰って来てない。多分生きてるでしょう。って感じ。
今は居ない人のことはどうでもいい。よかった。両親よりも早く帰って来れて。
私は玄関を抜けリビングに入る。リビングも他所の人を通せるような状態ではない。
家族が囲うはずのテーブルには父の所有物や飲み干された缶ビールや酒瓶でで埋め尽くされ、ソファーや床には母が買い漁った服や雑貨が散乱してる。
埃も端々に積もってる。
私は慣れた足取りで台所に向かい、シンクに溜まった食器を洗い、夕食の準備をする。
これをしとくだけでもあの人の機嫌は少しは取れる。
夕食なんかを作るより周囲の掃除をした方がいいのは分かる。
でも、勝手にものを動かしたり、捨てたりすると非常にめんどくさいことになる。
この家の中での面倒ごとは極力避けたい。
だから、少しでもあの人達の機嫌の取れる行動をするのが一番なんだ。
虚な目で私は野菜を切っていく。
4話読了ありがとうございます。
5話に続きます。