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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界水道債
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外堀を埋めるための活動、別の名をどぶ板営業


ゴードンという街の重鎮を半ば味方につけた俺は、彼から「商人ギルドからの紹介状」という、この街で水戸黄門の印籠なみに効力のあるアイテムを手に入れた。


「いいか、田中。お前の計画が絵に描いた餅なら、俺はお前の首を刎ねる。だが、もし成功すれば、相応の報酬は約束しよう」

「肝に銘じておきます」


強面のギルドマスターからの激励(という名の脅迫)を受け、俺とリリアナの「営業回り」が始まった。リリアナは相変わらず「なんで私がこんなおっさんの荷物持ちみたいなことを…」とぶつぶつ言っているが、高名な商人たちの屋敷に入れることに少し興味があるのか、態度は以前より軟化している。


紹介状の効果は絶大だった。昨日までは門前払いだった大店や商会の主たちが、次々と俺に会ってくれた。俺は前世の経験をフル活用し、相手の業種に合わせてトークを微調整した。


染物屋の主人には「水が綺麗になれば、もっと鮮やかな色の布が作れますぞ!」と品質向上をアピール。

酒造りの親方には「清らかな水は最高の酒を生みます。あなたの銘酒は、王都でも評判になるでしょう!」とブランド価値向上を説く。

輸送業の元締めには「水路が物流にも使えれば、コストは劇的に下がります!」と具体的な数字で利益を示した。


一人、また一人と、俺の計画に賛同し、「水路手形」の購入を約束してくれる商人が増えていく。外堀は着実に埋まっていった。


そんな営業回りの最中、ある小間物屋の老主人と話している時に、俺は決定的な情報を手に入れることになる。その老主人は古くからこの街に住み、領主一家とも多少の付き合いがある人物だった。


「領主様なぁ……アルドリック様は、悪いお方ではないんだが、いかんせん武骨でいらっしゃるからな。金の勘定は苦手だし、新しいことは好まんお人だ」

「やはり、そうですか。どうすれば説得できるか、頭が痛いところでして」

俺がため息交じりに言うと、老主人は声を潜めてこう囁いた。

「……これは、ここだけの話にしてくだされ。実は領主様には、お世継ぎの若様とは別に、もう一人お子がおる」

「え?」

「若い頃の、まあ、過ちというやつでな。お相手は平民の女性だった。その子は今、街の外れでひっそりと暮らしておる。……ただ、その子が、少しばかり、他の子とは違っていてな」


老主人の言葉を要約すると、こうだ。

領主アルドリックには、婚外子が一人いる。歳は十歳半ばの男子。しかし、その子は人とのコミュニケーションが極端に苦手で、一つのことに集中すると周りが見えなくなるなど、いわゆる発達障害の傾向があった。領主は公にはできないものの、その子の将来をひどく案じている。武人としては名を馳せた彼も、一人の親として、我が子の幸せを願っているのだ。


その話を聞いた瞬間、俺の頭の中で、最後のピースがカチリとはまった。


(……これだ。領主を動かす、最後のひと押しはこれしかない)


俺は宿に戻るなり、再び羊皮紙に向かった。リリアナが呆れた顔でこちらを見ている。


「また何か思いついたの? あんた、剣を持ってる時より、紙とペンを持ってる時の方がよっぽど生き生きしてるわね」

「リリアナさん、聞いてくれ。領主を説得する、完璧なプランができた」


俺は興奮気味に、新たな計画をリリアナに語った。


「今回の水路事業が成功したら、その管理・運営を行うための新しい組織を作るんだ。『水門都市水道管理協会』とでも名付けよう」

「また変な名前……」

「この協会の仕事は、毎日の水の管理、簡単な修繕、水道利用料の徴収などだ。地味だが、街にとって不可欠で、安定した仕事になる」

「それが、領主様と何の関係があるのよ」

「この協会の職員を、どういう人間から採用するかがキモなんだ」


俺はニヤリと笑った。


「特別な技能は必要ない。真面目に、コツコツと、決められた仕事をこなせる人間が向いている。例えば……人付き合いは苦手だけど、一つの作業に黙々と集中できるような人間には、まさに天職だと思わないか?」


リリアナがハッとした顔で俺を見た。彼女も、俺が何を言いたいのか察したようだ。


「……まさか、あんた」

「そうだ。この『水道管理協会』を、領主様のご子息のような、社会で少し生きづらさを抱えた人々の『受け皿』にするんだ。彼らに安定した職と、社会での役割を与えるための組織として設立する。領主様への提案はこうだ。『この事業は、ただ街を綺麗にするだけではありません。あなた様が気にかけておられる、声なき民たちの未来をも照らす事業なのです』と」


金儲けの話が大嫌いな、保守的な武人。そんな彼に響くのは、金銭的なメリットではない。「大義」と「情」だ。

街の発展という「大義」。そして、我が子の未来を守るという「情」。この二つを提示されて、断れるはずがない。


「……あんた、本当にただのおっさん? 時々、悪魔みたいに見えるわよ」

リリアナは、感心とも呆れともつかない表情で呟いた。


「褒め言葉と受け取っておこう」


数日後。俺は商人ギルドのゴードンと、出資を約束してくれた商人たちの代表数名を引き連れて、領主の城へと向かっていた。手には、最終版の企画書。そして、胸には確かな勝算があった。


謁見の間で待つ俺たちの前に、鎧姿のままの厳つい男、領主アルドリックが現れた。その佇まいは、ゴードン以上の威圧感を放っている。


「……商人ギルドまで引き連れて、何の用だ」

領主は不機嫌さを隠そうともしない。

俺は一歩前に進み、深々と頭を下げた。


「領主アルドリック様。本日は、この水門都市アクアフォールの百年先を見据えた、新たなる礎を築くためのご提案に参りました」


俺の口上を、アルドリックは冷ややかに聞いていた。しかし、俺が『水道管理協会』の構想と、その本当の設立意義について語り始めた時、彼の鋼のような表情が、初めて明らかに揺らいだのを、俺は見逃さなかった。


これは、勝てる。俺は確信した。

冴えないおっさんの知識と経験が、このファンタジー世界で、今まさに歴史を動かそうとしていた。

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