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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界株式
18/23

正真正銘のハイリスク・ハイリターン


森の狩猟採集経済と、栽培・工業経済へのパラダイムシフト。

それは、俺のビジネスマンとしての血を騒がせる、実に魅力的なテーマだった。しかし、リリアナの言う通り、この世界の根深いしがらみと文化に手を加えるのは、並大抵のことではない。下手に動けば、街中のギルドと商会を敵に回しかねない。


「まあ、焦ることはないか。これは、じっくり時間をかけて取り組むべき、俺のライフワークみたいなものだな」


俺はその壮大な「宿題」を、一旦心の引き出しにしまい込んだ。今は、せっかくの休暇だ。難しいことは考えず、のんびりしよう。そう決めて、再びリリアナとの「冒険ごっこ」の日々に戻った。


しかし、俺がこの世界で「のんびり」できる時間は、どうやら神様とやらが許してくれないらしい。

そんなある日の午後、俺たちがギルドの安酒場で黒パンをかじっていると、ゴードンが、屈強な部下数人を引き連れて、ずかずかと入ってきた。


「タナカ! 探したぞ!」

そのただならぬ雰囲気に、騒がしかった酒場が一瞬で静まり返る。

「ゴードンさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」

「話は後だ! すぐにギルドの会議室に来てくれ! 」


有無を言わさず腕を掴まれ、俺はリリアナと共に、ギルドの最上階へと連れて行かれた。

会議室には、ゴードンの他に、見慣れない男たちが数人いた。日に焼けた肌、鋭い眼光、そして潮の香りが染みついた、屈強な船乗りたちだった。


「こいつらは、南の海を股にかける連中だ。そして、貿易都市アクアフォールのメンツにかかる話だ。」

ゴードンは、テーブルに広げられた大きな海図を指さした。そこには、俺たちがいる大陸のはるか南に、未知の大陸が描かれている。


船乗りたちの代表らしき、白髪混じりの髭を持つ老船長が、熱っぽく語り始めた。

「タナカの旦那とやら。あんたの噂はかねがね。南方大陸には、我らの大陸にはない、宝の山が眠っている。一度口にすれば病みつきになるという香辛料、宝石のように輝く果実、そして、どんな病も治すという伝説の薬草……」


彼の話は、まさに夢物語だった。南方大陸との交易に成功すれば、一攫千金どころではない、莫大な富が得られることは間違いないだろう。


「だが」と老船長は続けた。「航海は、あまりにも危険すぎる。南の海は魔物がうごめき、天候は荒れ狂う。無事にたどり着ける保証すらない。これまでも、何人もの商人が夢を追い、船もろとも海の藻屑と消えた」


成功すれば天国、失敗すれば破産と死。あまりにもハイリスク・ハイリターンすぎる。

「船を一艘用意し、腕利きの船員を雇い、数ヶ月分の食料を積み込むだけで、一個人が一生かかっても稼げないほどの金がかかる。そんな博打に、全財産を賭けられる大馬鹿は、もうこの街にはいやしねえ」

船乗りたちは、悔しそうに唇を噛んだ。


その話を聞いた瞬間、俺の頭の中で、前世の記憶が鮮やかにフラッシュバックした。


(大航海時代……香辛料貿易……ハイリスク・ハイリターン……)


そうだ。これこそ、俺が前世で学んだ、「株式会社」が生まれた、まさにその瞬間の光景ではないか。

オランダ東インド会社。一つの航海のリスクを、個人ではなく、大勢の出資者で分かち合う。もし船が沈んでも、一人の投資家が失うのは、出資金の一部だけ。だが、もし無事に帰還すれば、そのリターンは計り知れない。


リスクを分散し、夢を共有する仕組み。

ロンバート辺境伯に提案した、あの粗悪な「株券」とは違う。これこそが、由緒正しい、本来の「株券」の使い道だ。


「……その話、俺に任せてもらえませんか?」


気づけば、俺はそう口走っていた。

俺の言葉に、船乗りたちも、ゴードンも、そしてリリアナも、驚いた顔でこちらを見る。


「タナカ? お前、何を……」

「ゴードンさん。この航海に必要な資金を、一人の大金持ちから集めるのではありません。この街の商人や、市民たちから、少しずつ集めるのです」


俺は立ち上がり、熱を込めて語り始めた。


「この航海事業のための、新しい会社を作ります。その会社の『株券』を、皆に買ってもらう。一口金貨十枚、いや、五枚でもいい。株券を買った者は、この航海の共同出資者、共同オーナーです!」

俺は、海図をバンと叩いた。


「もし、船が嵐で沈めば、その株券はただの紙くずになります。投資した金は戻ってこない。そのリスクは、正直に説明します。しかし!」

俺は、船乗りたちの目をまっすぐに見た。

「もし、この船が宝の山を積んで無事に帰還したなら! 株主たちは、その功績に応じて、出資金の何倍、何十倍もの『配当』を受け取ることができる! これは、単なる金儲けの話じゃない。街の皆の夢を一つの船に乗せて、未知の海へと送り出す、壮大なプロジェクトなんです!」


会議室は、水を打ったように静まり返った。

やがて、老船長が、震える声で言った。

「……そんな、夢のような話が、本当に……?」


「やれます。いや、やってみせます!」


俺の胸は、新たな挑戦への興奮で、激しく高鳴っていた。

水路の次は、海路だ。

債券の次は、正真正銘の株式だ。


隣で、リリアナが深いため息をついたのが聞こえた。

「あんたって人は……本当に、ゆっくりするってことを知らないのね。その目、アクアフォールに来たばかりの頃と同じ顔をしてるわよ」


休暇は、完全に終わった。

本物の株式がどういうものか、教えてやろうじゃないか。

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