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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界株式
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閑話 銅級以下冒険者タナカ


ロンバート辺境伯領からアクアフォールに戻った俺は、ゴードンとアルドリック領主に事の顛末を報告した。二人は俺の「悪魔的」な手腕に呆れつつも、厄介払いが見事に成功したことを手放しで喜んでくれた。


「よくやった、タナカ! これで、あの強欲な若造に貸しを作ることも、恨みを買うこともなく済んだ! まさに完璧な仕事ぶりだ!」

アルドリックは、上機嫌で俺の肩をバンバンと叩いた。


「つきましては、しばらく長期休暇をいただきたく……」

俺がおずおずと切り出すと、二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。

「うむ、当然だ! 好きなだけ休むがいい。お前の会社は、俺たちがしっかり見ておいてやるからな!」


こうして、俺はついに、この世界に来て初めての、まとまった休みを手に入れたのだ。


「さて、リリアナさん。何をしようか?」

宿の部屋で、俺はウキウキしながらリリアナに問いかけた。

「何って……別に。私はあんたの護衛なんだから、あんたの好きにすればいいじゃない」

リリアナはそっぽを向きながら言うが、その口元が少し緩んでいるのを俺は見逃さない。彼女も、この平和な日常を待ち望んでいたのだろう。


「よし、決めた! 俺たちも、冒険者になろう!」

「はぁ!? あんたが!? 正気なの!?」


俺の突拍子もない提案に、リリアナは心底驚いた顔をした。

「いや、もちろん本気でじゃない。『冒険者ごっこ』だよ。せっかく剣と魔法の世界に来たんだ。一度くらい、やってみたいじゃないか!」


半ば強引にリリアナを説得し、俺たちは二人で冒険者ギルドの門をくぐった。

受付の屈強なお姉さんに冒険者登録をしたいと申し出ると、彼女は俺の全身を見て、深いため息をついた。


「あんた……どう見ても、事務仕事か何かやってる人だろ。ゴブリンにだって勝てるとは思えんがねぇ」

「ははは、まあ、おっしゃる通りで……」

「隣のお嬢ちゃんは、かなりの手練れのようだが……本当に、このおっさんと組むのかい?」

「……契約なので、仕方なく」

リリアナが、心底嫌そうな顔で答える。


結局、俺は戦闘能力ゼロと判断され、冒険者ランクの最下位である「銅級」……ですらない、「銅級以下」という、不名誉極まりない扱いを受けることになった。


「普通は、銅級から始まるんだがね。あんたの場合、銅級以下からだ。まあ、銅級より下はないから、実質、銅級みたいなもんだけどさ」

受付のお姉さんの、全く慰めになっていない言葉に、俺はトホホと肩を落とした。

こうして、俺は「銅級(仮)」冒険者・タナカとして、ささやかな冒険ライフをスタートさせた。


「よし、まずは手始めに、近くのダンジョンにでも行ってみるか!」

俺が意気揚々とギルドの依頼掲示板を指さすと、リリアナの拳が、俺の頭にゴツンと落ちた。

「馬鹿じゃないの!? あんたみたいなのがダンジョンに入ったら、一分でスライムの餌食よ! 絶対にダメ!」

「い、痛い……」

彼女の剣幕に、俺はすごすごと引き下がるしかなかった。


結局、俺たちが受けた初めての依頼は、「街の近くの森で、薬草を10本採ってくる」という、子供のお使いのようなものだった。


森の中は、穏やかな陽光が木々の間から差し込み、鳥のさえずりが聞こえる、平和な場所だった。

「見てみろ、リリアナさん! あれが、依頼書の『月見草』じゃないか?」

「違うわよ、それはただの雑草! 月見草は、こっちの葉っぱがギザギザしてる方!」

「へえ、そうなのか。さすがだな!」


俺は、鑑定スキルで薬草を探そうとしたが、

【草:そこらへんに生えている草。食べられない。】

と表示されるだけで、全く役に立たない。結局、植物に詳しいリリアナに教えてもらいながら、二人で薬草を摘んでいく。


その時、森の奥から、ガサガサと物音が聞こえた。

「ひっ! な、なんだ!?」

俺が慌てて腰の錆びた剣に手をかけると、茂みから現れたのは、小さな角の生えたウサギ――生まれたてのホーンラビットだった。まだ角も柔らかそうで、つぶらな瞳でこちらをキョトンと見ている。


「……ッ!」

俺は情けなくも腰を抜かしそうになったが、相手が威嚇してくる様子がないのを見て、なんとか踏みとどまった。

「……あんた、本当に情けないわね。あんな生まれたての雛にすらビビるなんて」

リリアナが、心底呆れた顔で俺を見る。


悪戦苦闘の末、なんとか薬草を10本集め、ギルドに納品すると、報酬として銅貨数枚を受け取った。金額は微々たるものだ。これでは、いつものような少しいい店には到底入れない。


「よし、今日の報酬で、ささやかな祝杯だ!」

「こんな銅貨数枚で、どこに行くっていうのよ……」

ぶつぶつ言うリリアナを連れて、俺が向かったのは、冒険者ギルドに併設された安酒場だった。

店内は、汗と土と酒の匂いが混じり合った、むっとするような熱気に満ちている。屈強な冒険者たちが、汚れたテーブルで大声で騒いでいた。


俺たちは隅の空いた席に座り、一番安いエールと、硬い黒パン、そして塩気の強い干し肉の盛り合わせを注文した。

お世辞にも美味いとは言えないが、労働の後(?)の食事は格別だ。


「あのホーンラビット、びっくりしたよなー」

「あんたが大げさなだけよ。あんなので驚いてたら、この先が思いやられるわ」

「ははは、手厳しいな」


金融スキームを組み立てる緊張感も、頑固なギルドマスターたちとの交渉もない。ただ、隣にいる少女と、ガヤガヤと騒がしい酒場で、今日の他愛ない出来事を笑い合う。


俺が夢見ていた「異世界冒険物語」とは、少し違うかもしれない。スリルもなければ、劇的な展開もない。

でも、こんな風に、信頼できる相棒と、穏やかで、少しだけ間抜けな毎日を過ごす。


(……こういうのも、悪くないな)


悪戦苦闘のビジネスライフの合間の、束の間の休息。

俺はぬるいエールのジョッキを傾けながら、心からそう思った。


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