閣下のご繁栄を心よりお祈り申し上げております
「貴様らなど、頼るに値せんッ! 出ていけ! 今すぐ我が城から失せろ!」
レオポルトの金切り声が、謁見の間に響き渡った。彼は、俺が差し出した見積書を怒りのあまりビリビリに引き裂き、床に叩きつけた。その様は、まるで癇癪を起こした子供のようだ。
(よしっ! 掛かった!)
俺は内心で勝利の雄叫びを上げたが、顔にはあくまで「心外だ」という悲しみの表情を浮かべておく。
隣に立つリリアナが、呆れたように小さくため息をついたのがわかった。彼女には、俺の企みが見え透いているのだろう。
「それは、あんまりな仰せです、閣下。我々は、貴領の未来を思い、誠心誠意、この再生案を練り上げてきたというのに……」
俺が芝居がかった口調で言うと、レオポルトは更に激高した。
「黙れ、黙れ! そのような戯言、誰が信じるものか! 貴様らは、ただ我が富を掠め取ろうとしているだけの、ハイエナどもだ!」
彼は、俺たちを追い払うように、ヒステリックに手を振った。
ありがたいことに、彼は実に直情的で、頭に血が上ると周りが見えなくなるタイプだった。
もし彼が、もう少し狡猾で、隣にいる狸親父のシュタイン会頭のように腹黒い男だったら、こうはならなかっただろう。
例えば、「手数料については、追って協議しよう。まずは、シュタイン商会と共同で、この計画の詳細を詰めてもらいたい」なんて言われていたら、事態は一気に面倒なことになっていた。そうなれば、俺たちのスキームのノウハウだけを、言葉巧みに引き出され、いいように利用された挙げ句、ポイ捨てされる可能性もあった。そうなってしまえば、断るための明確な理由もなく、泥沼の交渉に引きずり込まれていただろう。
だが、幸いなことに、レオポルトはプライドが高く、短絡的だった。彼は、俺に「騙されかけた」と感じた屈辱感から、俺の提案そのものを、一切合切拒絶するという、最も愚かで、そして俺にとって最も都合のいい選択をしてくれたのだ。
「シュタイン! こいつらの話は終わりだ! 『株券』とやら、仕組みは理解しただろう? 我らだけでやるぞ! アクアフォールの連中など、もはや不要だ!」
「は、ははっ! さすがは閣下! ご慧眼、恐れ入ります!」
シュタイン会頭は、へつらい笑いを浮かべながら、レオポルトに追従した。彼の目には、手数料という名の莫大な利益を独り占めできるという、強欲な光が宿っている。彼らなら、きっとやるだろう。そして、十中八九、失敗する。
「……そうですか。我々の真意をご理解いただけないとは、残念でなりません」
俺は深々と、しかしどこか晴れやかな気持ちで、一礼した。
「では、我々はこれにて失礼いたします。閣下と、貴領の今後のご繁栄を、心よりお祈り申し上げております」
そのセリフは、前世で何度となく、断りのメールに書き綴った定型文だった。それを今、本人の目の前で、完璧な皮肉を込めて言ってのける快感は、なかなかのものだった。
俺たちは、衛兵に追い立てられるようにして、城を後にした。
城門を出て、物々しい護衛団と合流したところで、俺は大きく息を吐き、空を仰いだ。
「終わった……」
肩の荷が、どっと降りた気がした。
護衛の騎士たちが、心配そうな顔で俺を見る。
「タナカ顧問、大丈夫でしたか? 城の中から、ものすごい怒鳴り声が聞こえてきましたが……」
「ええ、大丈夫です。むしろ、計画通り。これ以上ないくらい、完璧な結果でしたよ」
俺がにこやかに答えると、騎士たちはきょとんとしていた。
「ねえ、本当に良かったの? あの人たち、あんたの考えた仕組みを、勝手に使う気満々だったじゃない」
リリアナが、少し心配そうに尋ねてくる。
「いいんだよ、それで。彼らは、一番大事なことをわかっていないから」
「大事なこと?」
「ああ」と俺は頷いた。
「どんなに優れた金融スキームも、それ自体が金を生むわけじゃない。大事なのは、そのスキームの裏付けとなる『信用』と、事業そのものの『将来性』だ。今の彼らに、そのどちらもない。信用なき紙切れは、ただの紙切れ。未来なき事業は、ただの博打だ。彼らがこれから作るのは、ただの砂上の楼閣だよ」
俺は、振り返って、丘の上の虚ろな城を見上げた。
これで、この街に関わることは、もうないだろう。
俺の「戦略的撤退」は、大成功に終わった。
さあ、今度こそ、本当に休暇だ。アクアフォールに帰って、ゴードンやアルドリックに良い報告をしよう。そして、溜まった金で、リリアナと美味いものでも食べに行くか。
そんな、気楽な未来を思い描きながら、俺は帰りの馬車へと、軽い足取りで乗り込んだのだった。