表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界株式
12/23

私的顧問という大層な肩書

勅許というのは王室とかしか出せない感じかと思いますが、辺境伯だから出せる的なご都合主義です。


ロンバート辺境伯領に関する情報は、調べれば調べるほど頭が痛くなるものばかりだった。財政は破綻寸前、主だった産業は衰退し、領民の不満は高まっている。そして何より、トップである若き辺境伯自身に、領地を立て直すという気概が全く感じられない。


「ダメだ、こりゃ。典型的な、再生不可能なパターンだ」

俺は調査報告の羊皮紙の束を机に叩きつけ、天を仰いだ。真正面から関われば、泥沼に引きずり込まれるのは確実。かといって、無下に断れば角が立つ。


「……こうなったら、やるしかないか。あの手を」

俺の口から、不敵な笑みがこぼれた。それを見たリリアナが、訝しげに眉をひそめる。

「なによ、その悪い顔。また何か企んでるんでしょ」

「人聞きの悪い。これは『戦略的撤退』と呼んでくれたまえ」


俺は一つの計画を立て、それを実行に移すことにした。まず、待たせていたロンバート辺境伯の特使を呼び出し、こう告げた。

「辺境伯様のお悩み、よく理解いたしました。近日中に私自らお伺いし、炭鉱再生のための、画期的なご提案をさせていただきます」

特使は満面の笑みで帰っていった。これで、まずはこちらに「協力する意思がある」と見せることができた。


その足で、俺はゴードンと領主アルドリックの元へ向かい、自分の計画を打ち明けた。

「……なるほど。お前さん、とんでもないことを考えるもんだな」

話を聞いたゴードンは、呆れを通り越して感心しているようだった。


俺の計画はこうだ。

まず、辺境伯に会い、炭鉱再生のための資金調達スキームを提案する。それは、この世界では恐らく初となる、「株式」の発行による資金調達だ。債券のように返済義務があるものではなく、出資者は炭鉱の共同所有者となり、利益が出れば配当を受け取る、という仕組みだ。


「きっと、彼はその目新しさに飛びつくでしょう。自分の金を使わずに、事業が始められるのですから」

「だが、問題はそこからだ」と俺は続けた。


「この株式発行に際し、我々は『引き受け・発行手数料』をいただきます。その手数料を、常識では考えられないほど、べらぼうに高く設定するのです。例えば、調達額の五割、とかね」

「ご、五割だと!?」

ゴードンが目を剥いた。

「そうです。そうすれば、辺境伯はこう考えるはずです。『なるほど、仕組みは理解した。だが、なぜこいつらに手数料だけで半分も持っていかれなければならんのだ? この仕組みだけ真似て、自分の息のかかった商人にやらせれば、手数料は丸儲けではないか』と」


強欲で、人を信じず、自分だけが賢いと思っている人間ほど、こういう罠に簡単に引っかかる。彼は、俺たちが提示する法外な手数料を嫌い、必ずや「結構だ。自分たちでやる」と言うだろう。


そうなれば、しめたものだ。

「話を断った」のは、俺たちではなく、辺境伯の方になる。こちらは誠心誠意、再生案を提示した。それを蹴ったのはあなたでしょう? という形に持っていくのだ。

その後、彼らが真似した事業が成功しようが、失敗しようが、俺たちには関係ない。あくまで自己責任。こちらは一切傷つかず、しかも角を立てずに、この厄介な案件から手を引くことができる。


「……タナカ。お前、本当に悪魔みたいな頭脳の持ち主だな」

アルドリック領主が、しみじみと呟いた。


「ただ、一つだけ懸念があります。もし、万が一、辺境伯がその法外な手数料を呑んで、我々に依頼してきた場合……」

「その時は?」

「その時は、腹を括ってやりますよ。手数料五割ももらえるなら、どんなクソ案件でも利益に変えてみせます」

俺はニヤリと笑った。どちらに転んでも、こちらに損はない。完璧な計画のはずだった。


しかし、俺の計画を聞いたゴードンとアルドリックは、何やら目配せを交わした後、思いもよらないことを言い出した。


「タナカよ。お前の身の安全のため、そして我らの街の名誉のため、お前に一つ、新たな身分を与えることにした」

「……は?」


話はとんとん拍子に進み、俺は数日後、あれよあれよという間に「アクアフォール辺境伯付き私的顧問」という、やたらと長ったらしい肩書を拝命することになった。

それだけではない。俺を代表とする「タナカ&パートナーズ」という名の、アクアフォール辺境伯の私的勅許会社(Private Chartered Company)まで設立されてしまったのだ。


「いやいや、俺は別に、この街に骨を埋めるつもりは……」

「何を言うか。お前はもう、この街の重要人物なのだ。お前の知恵は、アクアフォールの財産でもある。それを守るための措置だと思え」

アルドリックは、有無を言わさぬ迫力でそう言った。


(……なんとなく、俺をこの街に縛りつけておこうっていう意図も感じるな……)


俺は苦笑するしかなかった。だが、悪い話ばかりでもない。

辺境伯という後ろ盾と、勅許会社という公式な看板。これは、これから敵地(かもしれない場所)へ赴く俺にとって、これ以上ない「保険」になる。何かあった時、「私は一介の旅人ではなく、アクアフォール辺境伯の正式な代理人である」と主張できるからだ。


「……ありがたく、お受けいたします」

俺は深々と頭を下げた。


こうして、俺は断るつもりの案件のために、なぜか公式な肩書と自分の会社まで手に入れることになった。

準備は万端すぎるほど整った。


「よし、リリアナさん、行くぞ。ロンバート辺境伯領へ!」

「あんた、本当に物好きね……。断りに行くんじゃなかったの?」

「ああ、そうだ。史上最も丁寧で、最も意地悪な『お断り』をしに、な」


俺は「アクアフォール辺境伯私的顧問」の名が刻まれた、真新しい身分証を懐にしまい込み、新たな悪戦苦闘の舞台へと、馬車を走らせたのだった。

面白かったらご評価とブックマークをいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ